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「クラルテ」(調布市)① 図書館の矛盾した実態とけなげな司書志望の若者の生活を描いた秀作は、宮波そら「ホコリの塊」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月18日(日)13時43分34秒
返信・引用 編集済
  ・「クラルテ」の誌名は第一次世界大戦後の平和運動「クラルテ運動」に由来する。フランスに留学してクラルテ運動を体験した小牧近江が発刊した「種蒔く人」は有名だが、小林多喜二が小樽で同人誌を出した時、誌名を「クラルテ」としたのは有名。編集後記に「私たちもクラルテの名に恥じない創作、評論を書く決意だ」としている。「クラルテ」とは、光の意味。創作は三編。

・宮波そら「ホコリの塊」は、図書館の司書の資格をとったは良いが、その資格を生かす勤め先がなかなか見つからず本屋でアルバイトしながら就職試験に走り回る二十八歳になる女性の話。そこから日本の図書館の矛盾した実態が浮かび上がる・・という内容は、問題提起という意味でも価値ある作品だろう。図書館司書の資格を取った者でも、正式職員・社員でない臨時採用の者は、アルバイトに毛の生えた程度の時給しかもらえない実態を始めて知った。

・また、市町村の公共図書館でも経費節減のためだろう、今は派遣会社の下請け企業が参入しており、貴重な郷土資料の管理も利用が低いという名目で、廃棄されている恐るべき実態も明らかにされていて驚いた。この作品、問題作だけでなく、図書館を、本を心から愛する女性のひたむきな生き方を写し取って、こまやかな心理描写も優れた作品に仕上がっている。問題提起ばかりでなく司書の健気な実態を描いた感動した秀作に出会った僥倖を喜びたい。

・当然、民主文学の新人賞受賞クラスの問題作。

  ・埃立つ書架の間を小走りに働く司書の姿愛しも  石塚 邦男

  郵便ー182-0035 調布市上石原3-54-3-210

      日本民主主義文学会代々木支部 北村隆志方
 
 

「石榴」18号(広島市)①楽しい後書きは木戸博子さん

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月18日(日)07時56分12秒
返信・引用 編集済
  ・編集発行人の木戸博子さんは、今時珍しい知性派の博識作家にして俳人。外国文学にも詳しい。二十五年前私も一時所属していた黒田杏子主宰の俳句の雑誌の主要同人でもある。この人の「後書き」はいつも面白く、読むのが楽しみだ。センスのあるなしである。後書きがつまらない雑誌は内容もつまらないのが多いのだが、この人のはいつも洒落ていて楽しい。ちょっと以下に紹介。

・昨年末、新開誠監督のアニメ「君の名は?」を観た。風景描写が細密、特に多様な雲が美しく、意表を衝くストーリーも新鮮だった。とりかえばや物語を下敷きにしたというが、古典はこのようにして新しい世代によって換骨奪胎されていく。

・二月には広島映像文化ライブラリーでオリヴエイラ監督追悼特集を観た。一昨年106歳で亡くなったポルトガルの監督だが、老いても衰えぬ創作欲に感嘆した。「アブラハム渓谷」は、フローベルの「ボヴァリー夫人」を映画化したもの。信仰の風土での女性の愛の遍歴と死が、映像美とナレーションによって描かれていた。

・「ボヴァリー夫人」といえば、堀辰雄の「菜穂子」やモーリヤックの「テレーズ・デスケルー」にも影響を与えた姦通小説の元祖的古典。「石榴」17号映画紹介で採り上げた「ライアンの娘」もこの系譜に繋がる映画で、「ボヴァリー夫人」が現在にいたるまで受け継がれていることを教えられる。

・また、敵軍の兵士との禁断の愛という主題は、マルグリット・デュラスの「ヒロシマ・モナムール」にも、ヒロシマを訪れたフランス娘とドイツ軍兵士との戦時下の恋という形で出てくる。デュラスもまた「ボヴァリー夫人」を愛読したひとりに違いない。その「ヒロシマ・モナムール」のフランス娘を演じたエマニュエル・リヴァも、一月に亡くなった。

 ・デュラスを愛読したる彼のひとは青春時代の戦友なりき   石塚 邦男

   郵便ー739-1742 広島市安佐北区亀崎2-16-7 「石榴編集室」

 

「風の道」第七号(東京都)① 間島康子「隣家」は落ち着いた潤いある文体に味

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月18日(日)06時03分50秒
返信・引用 編集済
  ・作家の葉山修平ゆかりの雑誌だが、彼が逝去したあとその遺志を継いで教え子が再びスタートしたと編集後記にある。

・大森盛和「歳時記」。過疎化した村の実家に久しぶりに帰ったのは、亡くなった父母の法要のためだが、主人公の生家には離婚した甥が一人で住んでいる。仏壇にお参りに立ち寄るといつも甥は留守で、半ば朽ち果てている生家のさまを見ると、子供の頃を思い出す。父が大酒をあおった末に風呂で急死、姉が結婚相手を連れて帰省したとき、中学生だった主人公はどう振る舞っていいのか分からず、隠れて覗いていたこと、大叔母の思い出、母屋の大改修のことなど、走馬灯のように細やかに描写する筆筋。

・吉田慈平「鳴りつる方を眺むれば」は、題名が歴史仮名つかいなのは珍しい。寄る年波には勝てず耳鳴りに悩まされるようになり、髪の毛も薄くなった。今日の予定は・・と考えてみるが夕刻まで何もない・・。馴染みの喫茶店へ場所を移して同人誌の原稿でも書こうかと思いいたったとき電話が鳴った・・というような描写で始まる一人称小説。

・間島康子「隣家」は、隣の家の時代の移り変わりを主軸に、主人公由紀子の会社勤め、結婚、帰省の話を紡ぐ。「平凡な日々に、大っぴらに話すことでもない自然のささやかな営みを静かに目に留めていた」という表現があるように、通勤途中のバスの車窓から見る風景から始まるのだが、これが一服の落ち着いた風景画のように描写されている筆筋が光る。言葉が原稿用紙にしっかり定着している文体が何よりも買える。
 田舎の跡取り息子だった父だが、弟に家督を譲って町に出て、地味な暮らしをし家を建てたことなど、主人公の由紀子の目線から隣の火事の被害を受けたこと、結納が整ったばかりの由紀子の着物は無事だったことなど。間もなく嫁いだ由紀子であったが、十年後久しぶりに実家に帰ってみると隣の家の雨戸はすべて閉じられて寂しい気配が漂っていた・・。聞いてみると離婚したということを聞いた・・。主人公由紀子の実家のエピソードを中心に巧まずにさらりと描いた抒情の味が光る。この作者、ニ、三読んだ記憶があるが、どの作品も落ち着いた文体に膨らみのある心象の影を描写できており味がある作者である。いつも地味な私小説的素材なのだが、詩人らしい潤いある言葉の展開、描写に勝れているので、五十嵐勉さんの雑誌や全作家の雑誌レベルの賞なら一番近い位置にあるのではないか。地味だが、芥川賞レベルの心象、風景描写を紡ぐ作家である。

  ・風の道通り過ぎたる彼のひとは片翼のみの飛行哀しき  石塚 邦男

 郵便ー116-007 東京都荒川区南千住8-7-1-1105 吉田方「風の道同人会」



 

啄木の北海道における足跡 疾風怒濤のごとく駆け抜けた男

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月12日(月)08時36分39秒
返信・引用 編集済
  ・上京するためいくばくかの金を稼がなくては、と啄木が妹を連れ岩手県の渋民村を追われるごとく出て青函連絡船に乗ったのは、明治四十年の五月五日。その日のうちに函館に上陸した。ここから翌年の四月二十四日まで、函館、札幌、小樽、釧路と359日漂泊するごとく居を移している。漂泊と言ってもただ彷徨っていたわけではなく、上京の金を貯めようと金を貯めて上京しようと彼なりに必死だったのである。しかし、新聞記者の派手な付き合いで、金など貯まるわけがなかった。

・その足跡を細密に分析してみると、一か所に腰を落ち着けて仕事をした気配は微塵もないことを確認して、今さらながら驚きあきれてしまう。啄木の北海道滞在の足取りを確認してみると、以下のようになる。


滞在地      宿泊地での期間               滞在日数

函館       明治四十年五月五日ー九月十三日         21日間
     (函館商議所臨時雇いが21日間、小学校の代用教員93日間、函館日日新聞の遊軍記者8日間)

札幌            九月十四日ー九月二十七日       14日
                               (北門新報校正係)
小樽            九月二十七日ー四十一年一月十九日  115日
                               (小樽日報三面主任85日)
岩見沢        四十一年一月十九日ー一月二十日         2日

旭川             一月二十日ー一月二十一日        2日

釧路             一月二十一日ー四月五日        76日
                               (釧路新聞編集長格)

上京の準備(函館、小樽)    四月七日ー四月二十四日        18日



・岩見沢、旭川それぞれ2日の滞在は、釧路へ向かう途中下車、小用を済ませただけのことである。
それにしても、啄木は落ち着きのない男だった。函館では大火に遭遇したため、止むなく札幌へでるのだが、大火さえなかったら、もう少し函館で頑張ったことだろう。不運な男であった。札幌が短かったのは、北門新報に勤めだして直ぐに、小樽日報の話があって小樽へ行ったためであるが、ここで人事の内紛に巻き込まれて飛び出し、釧路行きとなるのである。これも不運であったろう。場所を移すと経費がかかるのである。金など貯まるわけがない。結局、上京するときも借金であった・・・。

   ・不運なる男と言はれし啄木の蝦夷地の足跡訪ねてもみん   石塚 邦男
 

「風の道」の奮闘を祈念します

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月11日(日)02時31分9秒
返信・引用 編集済
  ・元気だったのですね。お子さんもお元気ですか。大事にしてあげてください。

    風の道通れるところ人の道いつしか形をなして延びゆく   石塚 邦男

   小川原健太さんへ   根保
 

「風の道」を送りました。よろしくお願いします

 投稿者:小川原健太  投稿日:2017年 6月 9日(金)20時50分5秒
返信・引用
   ご無沙汰しております。北海道を舞台とした本格ロマンを執筆中とか。その気宇、健筆、執念にたじろぎと嫉妬を感じます。
「風の道」(第7号)ができました。本日、お送りしました。お目通しいただければ幸いです。
 「群系」の掲示板に私の作品の掲載がないことに触れられていますが、その間の事情について。葉山修平氏が亡くなられて、「雲」が廃刊となりました。我々の「風の道」も存続が問われ、私はマンネリから脱したい意味でも「群系」に移ることを考え、根保さんにもそんな話をしましたが、その後の諸般の情況から「風の道」に留まることとなった次第です。同人諸氏が継続を模索するときに、師が亡くなられたのを契機に右から左へさっさと移るのはやはり気が引けます。
 掲示板といえば、この春くらいか、根保さんには「続 荒野に満る声」に触れていただきながら、お礼も申し上げずにすみません。その前後PCが不調で、掲示板はここに限らず、どこも見ないことにしてました。先月くらいに久しぶりに開いたところ根保さんの論評に気が付きましたが、あまり間が抜けてしまっていたので、そのままにしてしまいました。ご容赦下さい。
 

Re: 「群系」38号(東京都) 白眉は草原克芳の「開化日本、書生がゆく」近代文学の始原を探る着想

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月 7日(水)17時20分53秒
返信・引用
  > No.1923[元記事へ]

根保孝栄・石塚邦男さんへのお返事です。

> k
 

「群系」38号(東京都) 白眉は草原克芳の「開化日本、書生がゆく」近代文学の始原を探る着想

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月 7日(水)17時02分58秒
返信・引用 編集済
  お詫びします。
書き込んだのですが、操作間違いで全文消えてしまいました。
後ほど書き直します。
 

稚拙な文芸批評の横行を憂う・・・同人雑誌作品の欠陥は・・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月 6日(火)03時16分55秒
返信・引用 編集済
  ・欠陥・・私は、作品の良いところを観るようにしている。欠陥は長く作品を書いている者にはほぼ誰にでも指摘できるものだ。だから、作品の良さ、個性のあるなしを評価して読後感を書くようにしている。小説を書いたことがない者の評文は一読で見分けることができる。小説を書いていない者には小説の個性が見えないからだ。ちょうど、野球をやらないで野球解説するようなものである。

・同人誌の作品で最大の欠点は、会話が拙いことだ。顕著な例を挙げると、がらがらっと玄関の戸をあけて「ただいま」と声をかけた・・というような場面を書くのは、素人も素人、無駄な描写と作者は自覚しないで書いている典型だろう。

・以上のような典型例は、さすが最近では童話でもあまりないが、極端を言うとそういうことである。会話のやりとりで、登場人物の対面する位置関係、仕草、表情が会話のやりとりの中で見えないような会話はまずダメだということ。映画の一場面のように、会話からその場の映像が見えるように描けなければ、これは小説ではない、ということだろう。小説を書いてない評論家は、その辺が分からないし見えないものなのだ。

・それと、地の文から会話に入るタイミングと必然性、あるいは、会話から地の文に移るタイミングと間の取り方が、小説を書いたことのない評者には見えないらしい。つまり、小説を書いたことのない評者には、残念ながら小説の巧みさがどこにあるのか見えないし見られないということなのだ。

・だから、同じ小説の中身を紹介する時も、筋書き紹介はできるが、筋書きの持って行き方の巧拙は、小説を書いたことのない評者には見えないし、見ようともしない。「ああ、こいつは小説を分かってないな」と馬脚が現れるのは、そんな場合である。野球をやってない者の野球解説は、単なる大雑把な筋書きによる解説だけで、これなら中学生でも念入りに読めばできる仕事だ。

・もう一例挙げると、ヌーボーロマン小説の評文で「起承転結がない小説」というのがあった。つまり、リアリズム小説の価値観でヌーボーロマン小説を評価しようとしているのだ。ヌーボーロマンは既成の小説の仕組みを壊して、新しい価値観をうち立てようとするから<ヌーボー>なのだ。それを理解せずにリアリズム小説の価値観を当てはめようとする肌理の粗い評文を読むと、やれやれと思ってしまう。

・現代文学の不振があるとするなら、それは批評水準の低下が大きな障害になっている、ということだろう。同人誌の批評でも、最近はひどいのが散見される。文芸批評は、まず作者の創作意図を看破することが出発である。それを、我田引水の古い文芸批評の物差しで測ろうとしたり、分かりもしないのに野球解説、相撲解説をするような偽文芸批評家が、雨後の筍のように出てきているのも、どうかと思う。

・まだまだ、文芸評論、文芸批評の場は文明開化にまで至っていないと言うことか・・・。作者の欠点は素人でも指摘できる。好みで評価すればいいからだ。しかし、作者の文体の個性や作品の特異性のあるなしを指摘できるか、というと、現状の文芸評論家は、小説そのものを知らないため、指摘できない者が大半だ。所詮、甲羅に似せて穴を掘るたぐいであるのは寂しい。

  ・新しき文芸の声出で来よと願ひて仰ぐ樽前の峰  石塚 邦男
 

巨人10連敗?何だこりゃ?ナベさん怒ってるだろうなぁ・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月 4日(日)19時37分59秒
返信・引用 編集済
  ・ファイターズが北海道にホームを移す前は、
北海道の野球フアンの7割は巨人ファンだった。
ところが、ファイターズが北海道の札幌ドームを
ホームにしてからは、数年で北海道の野球ファンの
7割はファイターズファンになってしまった。

・私が苫小牧民報・千歳民報の整理部長時代、
スポーツ欄担当者が巨人嫌いで、
巨人が勝っても見出しは
負けチーム中心の見出しにするので、
巨人嫌いの私もさすが気になって「3回に?回は巨人を前面に出してやれよ」
と注意したが、その記者はガンとして
「スポーツ欄をまかせてくれているうちはボクの思い通りさせてください」と
巨人嫌いを押し通したものだった・・。
スポーツ欄も記者のさじ加減が影響するものだ。

・それにしても、巨人はふがいない。
他球団に比べて三倍ももらっている選手たちなのに・・
ナベさん・・さぞ怒ってるだろうなぁ・・

・文芸欄だって、記者の好みが影響する。身びいきは文芸時評でさえもそうだ。
日本人は、忖度社会の精神風土で育っているからだろう。
しかし、私は身びいき他びいきはしない。
公平をむねとしている・・。嫌いな奴でも良い作品を書けば絶賛する。
よく知っている奴がつまらない作品を書いたら、きっちり釘をさす。

   ・好き嫌い中心にして生きている幸せな国大和の国は  石塚 邦男

 

藤堂志津子も桜木紫乃も若い頃に詩を書いていた・・最高のモダニズム女流歌人の斎藤史も若い頃は詩人になりたかったと言う・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月 4日(日)09時49分45秒
返信・引用 編集済
  ・藤堂志津子は、二十代のころ熊谷政江の名で「日高文芸」に詩を書いていた。別段、目立った個性的な作風ではなかったが、後に小説を書きだした頃の才筆の片鱗を思わせる新鮮な言葉を拾っていたように思う。

・桜木紫乃も二十代から詩を書いていて、北海道詩人協会の年間詩集には毎年作品をだしていたものである。特別抜きん出た作風というのではないが、それでも詩作品に盛る言葉には、独特の面白い言い回しがあった。今でも詩の仲間とは付き合っているみたいだ。

・小説を書く者は、少年少女期、詩を書いている者が多い。明治、大正、昭和前期には、少年、少女期の最初は短歌、俳句を手がける者が多かったものだが、昭和も戦後になると、少年少女期に詩から入る者が目立つようになったのも、時代の流れであろうか。

・しかし、詩の才能、短歌の才能、俳句の才能、小説の才能は、それぞれ持ち味がややずれて違うもので、それぞれのジャンルに適した作風というものがあるものだ。詩作品は平凡だが、小説を書かすと抜群の持ち味を発揮する、というのが、この場に挙げた藤堂志津子と桜木紫乃であった。

・昭和期最高のモダニズム女流歌人と言われた明治生まれの斎藤史も、十代の頃は、短歌より詩に興味を持っていたし、彼女は戦後、長野県に住んでいた頃、長野新聞の懸賞小説に応募し、受賞している。しかし、彼女は小説家にはなろうとはしなかった。彼女は詩人になりたかったようだ。実際、彼女のシュールなモダニズム短歌は、フランスの象徴詩の影響、シュールリアリズムを濃く受け継いだもので、日本古来の短歌的抒情とは精神風土が異なっている。その短歌作品を読めば、マラルメ的でありボードレール的でリリシズムというよりも理知的である上にシュールなことが判る。

・実際、彼女の第一歌集が出版されたとき、歌壇からは無視されたが、詩人には好評で、特に詩人の萩原朔太郎、北原白秋などからは絶賛されたものであった。

・文学作品は、神聖であることよりも悪魔的であることの方が魅力かもしれない・・。本来、文学は人間の俗事の事柄をとりあげるためか・・・。

・例歌を挙げてみよう。

  はとばまであんずの花が散つて来て船といふ船は白く塗られぬ

  遠い春湖(うみ)に沈みしみつからに祭りの笛を吹いて逢ひにゆく

  額(ぬか)の真中に弾丸(たま)を受けたるおもかげの立居につきて夏のおどろや

  音たかく夜空に花火うち開きわれは隈なく襲はれてゐる

  昼ふかき居間に我は居ず台所にも居らずきらきら明き外気にも居らず
 

B級ロシア映画の面白さ

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月 4日(日)00時56分23秒
返信・引用 編集済
  ・最近、ロシア映画にはまっている。ロシア語は不案内なので、セリフが英語版のを観るのだが、英訳は上等ではないにしても意味は理解できる。B級の活劇風のハードボイルドや戦争物を観ると、役者がなかなか基礎がしっかりできているし、女優もただのカワイ子ちゃんではなく、本格的美人で演技も良い。伝統的な宮廷舞台、バレーの素養などがある役者が多いからだろうか。

・それに、面白いのは、ハードボイルドタッチの活劇でも、ハリウッド映画とはちょっと違った演出なのだ。日本や中国や香港映画とも違ったスラヴ的味付けというか・・その意味でもなかなか奥が深い。ロシア文学の影響なのか、活劇でも変に理屈っぽいセリフなども時折出てくるが、アメリカ映画にある面白くもないギャグがない田舎臭さもなかなか良い。

・ロシアの時代物、帝政ロシア時代、共産党時代を背景にしたものは、セットなしに実物を使っているためかリアリテイがあって豪華だ。セット撮影は金をかけないためかお粗末なのが目立つが、役者の演技が良いので救われている。セリフの英語訳ならyoutubeで数十本観れるので観ることを奨めたい。
 

「私人」91号(東京都)  人生の味は 根場至「ユンボのあした②」の佳作

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 6月 2日(金)11時41分31秒
返信・引用 編集済
  ・根場至「ユンボのあした」②、前段に①があったようだが記憶にない。読んだのか読まなかったのか・・・。しかし、この作品は構成が不器用だとしても、内容的には問題作の佳作である。
魚屋の長男に生まれた水谷は、高校を卒業したら跡を継げと父に言われたが、魚屋になるのが死ぬほど嫌で家を飛び出す。手当たりしだいに住み込みの仕事を転々とするうち48歳のとき母が死に葬式に帰ったときに父親にこっぴどく叱られて、父とは音信不通になった。たまたま就いた職業が交通誘導警備の仕事だった。これが、水谷には気に入ったのである。その理由は・・・。

・この警備の仕組みや人間関係、寮生活などを詳しく書いている作品なのだが、それがなかなか味のある老人の登場などで一風変わった「人生とは何ぞや」と自問自答する登場人物を中心に不思議な作風に仕上がっているのである。一読理解しやすいため軽い文体のように読めるのだが、登場人物の会話も絶妙の間合いを持ち、読者の気をそらさないなかなかのリズムある独特の作風を持っている作家。一種の企業内小説とも言えるが、底辺の労働者の赤裸々な生き方が哲学的にじんわり滲んで人物の味を出せるところが、この作家の持ち味だろうか。

  ・人生を考へること止めし君に問へば分かつたやうな貌をする  石塚 邦男

   郵便ー163-0204 東京都新宿区西新宿2-6-1  新宿住友ビル

              朝日カルチャー内
 

本格ロマン・・死骨湖(支笏湖)の「獣 神(けものがみ)」350枚仕上げ 中編、短編にも書き換え 

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月31日(水)04時40分9秒
返信・引用 編集済
  ・小説を書くなら、本格ロマンを一度は企画、発想してみなくては・・。そんな壮図を抱いて取り組んだ作品の概略紹介・・・。皆さんの参考になれば・・。小説の設計図の描き方、小説の踏まえるべき公式、魅力的な主人公、ふさわしい舞台と時代の選択・・実践編です。想像力と企画力が作家には必要不可欠なんです。小説家は、建築家でなくてはならない。設計図の図面引きから始まって、登場人物である間取り完成後に土台、柱の立ち上げと手順を踏んで行くもの。

・20世紀における世界の七不思議と言われたシベリアの怪異と伝えられている巨大隕石の落下「ツングスカヤの爆発の予兆」「支笏湖カルデラ湖の地勢と樽前山の大噴火」「支笏山系を舞台に最後の蝦夷狼と巨大ヒグマと死闘」、村田銃の孤高のアイヌマタギの弥平とライフルを持つ外人ハンターで貿易商のヒットラーとの功名争い、王子製紙の洋紙工場建設に携わる仕掛け人の鈴木梅四郎王子製紙専務の秘話と苫小牧村の手代木村長の活躍と苫小牧村の巨大製紙工場の労務者数千人を目当てに一夜城のごとく出現した遊郭の繁盛と女たちの振る舞い・・全国から集まった荒くれ出稼ぎ男たち。実際にあった歴史秘話のなかに、歴史上の人物とからませて、小説の主人公を登壇させる本格ロマン(小説)手法の設計図である。

・時あたかも石川啄木のブンヤ活動・・・明治40年5月5日、啄木は函館に渡るが、青函連絡船の中でカナダの貿易商でハンターのヒットラーと知己になり、特ダネを提供してもらう約束を取り付ける。札幌、小樽、釧路と一年に満たぬ年月、北海道を駆け抜けた啄木の影。そして、「獣神(けものがみ)」と言われた人語を解する巨大ヒグマの出生の秘密、片耳と言われた最後の蝦夷狼一族の謎めいた行動・・シベリア鉄道の開通、北海道開拓史における鉄道の延長などのドラマチックな時代をバックに大自然と人間との相克を企画して描いてみました・・。

・明治41年(1908年)その年、大熊座方向から地球にふりそそぐ流星群が異常な回数で全世界を覆った年だった・・。6月30日現地時間7時2分過ぎ、中央シベリアのエニセイ川のクラスノヤルスク地方に空から巨大な火の玉が落下してきたことから物語が始まる・・・。その火の玉は、同時刻夜であったロンドンでは真夜中に新聞が読めたほどの明るさであった・・。シベリア鉄道でシベリア横断の旅に出たハンターのヒットラーはイルクーツクで火の玉の衝撃波を体感、隕石落下の真相を探ろうとバイカルからエニセイ川を北上するが、真相を掴めなかった。そのスクープを釧路新聞の啄木に報せようとするが、すでに啄木は北海道を離れたあとだった・・。北海道の本格的開拓ロマン小説である。最終章に夏目漱石、森鴎外の実像が登場する仕掛け・・となると本格ロマン小説でしょうね。(笑い)


・空に現れた流星群、巨大ヒグマ出現、樽前山の火山爆発、札幌の赤レンガ道庁舎の火災はカムイの怒りとして受け止める現地人。死滅したはずの狼の群れの謎・・・。死骨湖山系の縄張りを争って巨大ヒグマ赤毛と蝦夷狼片耳との死闘・・・。

・明治四十三年九月の操業に向けて洋紙工場建設の大工事による環境変化で右往左往する山野の獣たちと人間の相克・・。それらを包含して350枚。短編、中編、長編へと自由に編成できる構成をとった内容です。まず、50枚を「死骨湖(しこつこ/支笏湖)の赤毛羆」として「いぶり文芸」に発表、「札幌文学」86号に「獣神」40枚として序章を発表予定です。冗談を言えば、出版すれば直木賞間違いなしでしょう(笑い)

   ・天空より星落つるとき山神の怒り狂ひて火をし噴きたり  (シコツアイヌ伝承)
 

根保孝栄の住所・メール

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月30日(火)12時30分36秒
返信・引用 編集済
  ・この場で書けない意見や抗議は以下の根保孝栄の住所・メールへ連絡を。

 053-0011 苫小牧市末広町1-12-1-920 根保 孝栄

  ・電話・fax 0144-33-1284

   携帯ー090-6212-3122 Eメール 0ap0.71578t163u@ezweb.ne.jp

    
 

「風囁(ふうしょう)」37号(横浜市)  主人公の心を影絵のように紡ぐ紀田祥「一粒一粒のぶどう」、施設の問題点を炙り出す岩本俊夫の連載四回目「みどりばのこどもたち」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月28日(日)21時19分34秒
返信・引用 編集済
  ・紀田祥「一粒一粒のぶどう」は、かつて一家五人が賑やかだったのに、今では姑と嫁の私だけとなった家。そこで幼稚園に勤めていた経験から、家で子供図書館を始めた。姑も昔話を子供たちに聞かせるなど楽しみながら手伝いしてくれる。そんな日常のことなのだが、そこから姑の祖先の系譜など、時代の移り変わりや教育の課題、政治の課題などに視線を向ける主人公の心の在り方を影絵のように映し出していくしっとりとした筆筋に味がある。

・岩本俊夫「みどりばのこどもたち」は連載四回目。児童養護施設「清風館」のグループホーム施設で、様々な家庭環境にあった五人の子供たちが入所している。ここで働く保育士の懸命な奮闘ぶりとさまざまな出来事・・を多角的に描写、施設の問題点を深く探る話は力作であり感動的だが、それぞれのエピソードを短編に構成できないか。なぜなら、いかにも複雑な人間模様で、読者がついていくのに苦労する。諸問題のひとつだけ取り上げて短編に仕立てると、読者への訴えが鮮明に単縦化できる。その短編を積み上げて、最終的に作者が言いたいこと、訴えたいことのすべてを吐き出す・・これは可能だ。そして、一冊にまとめるときに長編構成に書き直せばいい。年二回か三回の発刊にすぎない同人雑誌に、長編連載は効率が悪い。

・この雑誌には勝れたおなじみの詩人がいて、毎号楽しみだ。
・田中史「橋と点」は、橋のイメージと象徴性を個人的な印象と一般的な印象をひとつにして、詩のイメージの流れと色合いを提供している作品。一連と最終連を紹介。
    橋を渡る なぜかときめく  下をみる
    川の流れ 見えない谷底 風にそよぐ木々 (以上一連)

    だが線が届かぬ点もある 橋はない
    点はポツンとひとつ   空を見ている  (以上最終連)

・加えて田中史は「遠くなってゆく小さな花たち」「トモダチ」「ロンドンからの手紙」の詩三編。それぞれ散文詩的構成で物語風な抒情を巧みに語る。

    ・イメージの流れと色合ひ染めてゆく詩人の魂春野に響かふ  石塚 邦男

    郵便ー232-0066 横浜市南区六ツ川1-279  風嘯の会

       電話ー045-711-6268

   
 

「海」94号(三重県いなべ市)② 読ませる歴史と風土を描いた国府正昭「赤須賀船異聞」、宇梶紀夫「筏師」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月27日(土)21時28分20秒
返信・引用 編集済
  ・紺谷猛「終点まで」は、電車で不思議といつも隣り合わせになる二人・・それぞれ病院にかかることになるのだが、身元保証人や手術の同意書などの問題をクリアしないと一人住まいの者は入院も手術もできない・・その手続きにしぼっての例をガイド的に書いているところが面白い。電車でいつも隣り合わせになるのに、会釈だけで別れる二人の背負った病院問題・・・というスポットの当て方はユニーク。

・白石美津乃「青い糸」は、さと子がテレビを観ていると、昔ホテルに勤務していた若い頃、一時付き合っていた役者の寺澤が朝のワイドショーで映っていた・・。その寺澤と付き合うようになったいきさつと別れの次第・・。良くある話ながら、男女の微妙を女の目線から書けている。

・南柊一「交差点」は、高校時代の同級生に久しぶりに偶然出会ったその出会いと、あっけない友人の死。その運命の偶然と必然を両方の視点から交互に描写する手法を選択した作品は人間の運命を考えさせられる。

・国府正昭「海原を越えてー赤須賀船異聞」は、人生最後の遠出に、紀和は、記憶の中にだけ生き続けている七十数年前の清太の顔だちを思い出そうとしていた・・・。その清太の目線から、赤須賀の漁村と日独伊三国同盟時代の生活を描写する内容は、ひとつの時代を再現する意味で貴重な作品たりえている。

・宇梶紀夫「筏師」は、寛保二年(1742年)、高原山で伐採した木材を筏に組んで鬼怒川を流れ下り、目的地に運ぶ筏師の話。当時の木材事情、山奉行から許可をもらって、請負組織の仕組み、伐採から収入の分配など当時の林業の在り方を明らかにしながら、村人の生活、運命を語る内容は、暴れ川の鬼怒川の歴史とともに注目すべき作品になっている。

・詩作品は川野ルナと遠藤昭己。
川野ルナ「かもしれない」の第一連紹介。

      心を 広く持てるといい/目先のことで 怒るのではなく
      /目先のことで 責めるのではなく/心を 軽く持てるといい
遠藤昭己は「羨望」「夢のまた夢」の二編。「羨望」からイントロを紹介。

      ひたむきに愛することができないのは/自分が
      /あの 緑の虫になれないからだ/虫が考えるように
      /宇宙全体を 緑と思っていないからだ


   ・暴れ川と言はれし鬼怒川筏師の運命語る作品読みき   石塚 邦男
 

Re: お言葉に感謝

 投稿者:合田 盛文  投稿日:2017年 5月27日(土)19時19分17秒
返信・引用
  > No.1912[元記事へ]

合田 盛文さんへのお返事です。

> 高岡啓次郎様
> こ理解のある温かなコメントをいただきまして有難うこざいました。お言葉に励まされて、文藝同人会の健全な発展と作家を目指す人々やその周辺の人たちのために、これからも臆することなく、言うべきことは言っていきたいと思っております。“よい作家、よい評者になるには、まずよい人間たれ”と叫びたいのが、今の心境です。これからもよろしくお願い申し上げます。多謝。
 

お言葉に感謝

 投稿者:合田 盛文  投稿日:2017年 5月27日(土)19時14分49秒
返信・引用 編集済
  高岡啓次郎様
こ理解のある温かなコメントをいただきまして有難うこざいました。お言葉に励まされて、文藝同人会の健全な発展と作家を目指す人々やその周辺の人たちのために、これからも臆することなく、言うべきことは言っていきたいと思っております。“よい作家、よい評者になるには、まずよい人間たれ”と叫びたいのが、今の心境です。これからもよろしくお願い申し上げます。多謝。
 

文芸同人誌「海」94号(三重県いなべ市)① 久保修「詩人 清岡卓行論」優れた詩人の足跡と詩風を紹介

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月27日(土)10時39分0秒
返信・引用 編集済
  ・この雑誌に久保修が「詩人 清岡卓行」という評論を書いている。この雑誌の執筆者は、いずれも孤高の優れた作家、詩人でポット出の書き手とは次元の異なる書き手であることでも知られている。

・久保氏は、「ユリイカ」から出版された清岡の詩集「氷った焔」という詩集の題名に魅かれたという。氷と焔という矛盾した言葉の組み合わせに魅かれ、これが後にランボーの「イルミナシオン」を読んだ時、<焔と氷の天使たち 陶酔の午後>という詩句に出会い、このイマージュだったのか、と気ついたと記している。

・このような逸話から説き起こす清岡卓行論なのだが、清岡の特徴として、彼ほど自作について丁寧な説明をしている作家を知らない、と久保氏は言っているが、清岡のこの特質は、彼の親友である大岡信にも共通したもので、大岡の朝日新聞に長く連載された「折々のことば」の仕事でも、いかんなく発揮されている。では、清岡の詩作品とは、どのような色合いなのだろうか・・。

      「氷った焔」

    朝
    きみの肉体の線のなかの透明な空間
    世界への逆襲にかんする
    最も遠い
    微風とのたたかい

    きみの白い皮膚にはりめぐらされたそこびかりする銃眼
    すでに氷りついた肉の焔たちの触れあう響き
    弾丸も煙幕もない武装の詭計
    君だけが証人である
    みじめな勝利
    きみはまだきみが信じた君だけの絶望に支えられている
    きみが病患の中に装填したものはほんとうは
    もうひとつの肉体の影像
    世界への愛
    希望だ

・久保氏はこのような清岡の作品を紹介し、「この詩集は、当時の若者に大きな影響を及ぼした」と書いているが、事実、この詩集が出版されたのは、1959年の2月で、1500部限定というものであったが、当時の詩誌や週刊読書人や読書新聞などの書評専門紙で詩人、評論家が大々的に取り上げて絶賛されたのも安保問題に喧噪した時代であったためか。この頃、大学のペンクラブの部室で、詩を書く友人の一人が手にしていた詩集を読んで、私もショックを受けたことを、今もありありと覚えている。

・彼を有名にしたもう一つのエピソードは、終戦直後、逗子の海岸で入水自殺した東大生の原口統三から、篤い信頼と尊敬を集めていた先輩、後輩の関係で寮生活も一緒であった清岡と原口統三。原口の遺作「ニ十歳のエチュード」に出てくる「清岡さん」というのは、清岡卓行のことである。この遺作は、発刊されてベストセラーになったが、清岡は、戦後二十年経って、初めて原口のことを「海の瞳」という小説で書いている。

・戦局が激しくなって、日本の未来に暗雲が立ちこめた時期、もう一度生まれ故郷の大連を一目見ようと、昭和十八年の三月、清岡と原口は船で大連に帰国するのだが・・・小説はこの船で帰国する場面から始まる・・・。

  ・故郷の大連を見んと船に乗る若き清岡と統三の悲痛  石塚 邦男

   郵便ー511-0284  三重県いなべ市大安町梅戸2321-1

           tel.fax 0594-77-2770
 

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