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草原克芳氏の『スカンジナビア半島の白夜の太陽』(「カプリチオ」第47号)

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 7月28日(土)14時20分54秒
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  この小説は「悪」を扱ったもので、全編マイナス・イメージのシンボルで埋めつくされている。ヤクザ、殺人、女たちの没落と性交渉、麻薬、精神の錯乱、幻覚、とここまで書いてきてもまだあるのだ。主人公の蟹田は組の抗争で4人を殺害した殺人犯。蟹田に死刑執行を命じた法務大臣の腐敗した政治思考も悪に含まれる。明るく楽しく夢見るような出来事は一切ないが、ただ主人公の中ではマイナスとプラスが均衡しているわけで、それは錯乱する彼の心理において自分を納得させる 妥当という名の論理展開になっている奇妙な言い換えである。
壁に蠢く馬の首のようなスカンジナビア半島の様子が彼を「無難に今」生きていることの自己への証明として在り、あの世からの元妻の「交信」もその一つである。過去の想起と現実の幻覚の混在。でも、少なくもそれらは彼をこの世に妥当させ得る条件とみなして作者は描いているから、これは小説の技法として興味あるものだ。
或る日のこと死刑場へ狩りだされる数時間の間に、蟹田の人生全ての体験が想起されるが、いっぽう彼の中では拘置所で得た(と信じている)哲学から文学その他に至る読書による知がその全体験を真理に近いものと考えていて、しかしながら彼を取り巻く他者たちは彼を狂人に近いものと見做している、この不均衡が彼自身の内部の均衡と皮肉に対立しているのが面白いところの二番目である。
(様々な悪を犯した蟹田を極刑という暴力で裁定するという悪(アメリカと日本)を以て処するというこの矛盾。死刑は本質的に無意味な措置だし誰の益にもならない不可解な行為である。言わば破産宣告。債権債務はご破算にしてはならず、罪は徹底的な解析の必要ある課題だ。)

閑話休題。

この作品は死刑の賛否を問うものでは、むろん無い。蟹田を中心としたマイナス・イメージからすべての生あり、というのが主題のように思われもする。残念なことにフィクション以外の場では、悪と分離されてプラス・イメージになることは(まず)無いから不均衡だと言わざるを得ないことであろう。


 
 
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