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文学批評の成り立つ基盤は何か。

 投稿者:管理人 iPad 5791  投稿日:2018年 4月13日(金)18時55分31秒
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     次号(40号)の原稿が早くもいくつか入ってきている。それも力作だ。「群系」は、昭和63年創刊で、今年は三〇周年になる。その祝詞を外部の先生方に依頼しているが、こちらも早くもご寄稿の承諾を得つつある。

    小説はともかく、近代文学研究、批評はいま流行りではないと言われる。娯楽やエンターテインメントをおいて、研究分野にしても、アカデミックでない、という感じがされているのであろう。だが、人文・社会科学において、真にアカデミック・知的とはなにであるのか。いまマスコミでしょっちゅう報じられる政治スキャンダルが知的であるのか。そも政治学や社会学、はどんな知的な評価基準、スタンダードがあるのであるか。ましてやマスコミにどんな報道規準があるのか。
    法学は、とりあえず法律は人為であるにしろ、基準・規範があるとはいえよう。だがその法的体系の基盤自体はほんとに覚束ないものでもある。前代の王権神授説にしろ、近代専制国家のよる基盤にしろ、そのよって立つ政治思想や哲学は、しかるべき知性が論じきたってきたものである。人間の思惟・知恵のしからしむるところといえよう。
    さすれば、統治における思惟がそれなり有効なものがあるとすれば、人間の個々の私的生活、あるいは社会生活を表現した文学にも相応の知的思惟があることであろう。

    この国の文学批評の原理は、江藤淳に言わせれば、戦前はほとんど無きに近いものだったという。こう断言する江藤の『作家は行動する』と、吉本隆明の『言語にとって美とは何か』が、初めて文体論や、<自己表出><指示表出>という言語の属性から、本格的文学論を論じたものであろう。
     江藤は、フローベル由来の時代論・社会論を徹底的に批判する。作家論をそうした外部に由来する決定論からは、作品批評も作家論も生まれないという。江藤の筆は当然この国の自然主義批判に向かう。「人生の真実を描く」などは空念仏、何ら本質的なものはない。「こんな自分でも生きていきたい」という藤村にすら、彼には根本的な文学論がないとする。ましてや花袋、私小説作家にはなにもないという。自ら隘路に入っていったこれら作家には愚かさしかないという筆致だ。
    では江藤は何を文学、その表現に求めるのか、というと、タイトルにある通り、〈行動〉、だという。作家〈主体」の熱意、行動が文脈に現れるものそれが大事で、批評家はそれを掘り起こすべきなのだという。明治大正期の作家でそれがあるのは二葉亭、鴎外、漱石くらいだと言って、江藤の論は戦後作家に及ぶ。戦後作家において、それらの行動・主体性が見られるとして、彼の眼は大江健三郎や石原慎太郎の作品に及ぶ。
    確かに大江の初期作品には、江藤の言う〈文体)があろう。「芽むしり仔撃ち」などの村人や少年、そして黒人兵の汗や、緑の自然や青い空、の新鮮な文体は躍動している。戦後の閉鎖空間から確かに脱け出ようとする、戦後の状況がそこには展開される。人物を描く作家主体の躍動さえも感じられる。文学は表現に過ぎないはずなのに、読む読者に新たな方向も与え得る、と言うものか。論じる江藤の筆致にも元気が感じられる。
    この江藤の主張で驚いたのは、藤村どころか、折口信夫、そして小林秀雄にまで批判が及んでいることだ。折口の「死者の書」には主体がない、という。いわゆる民話・伝説の語りに偏して、主体の行動が見られない、とする。あの小林に対しても、自意識の停滞であって、行動がないとする。だがさすがこれらはともに、筆の滑り、若気の至りとも言うべきで、江藤と雖も誤読(誤受容)と思われるが、じっさい、後者については、徹底した読み直しが直後の『小林秀雄論』で見られる(これも本当に直後で、江藤三〇歳の作品である)。

    私は何を目途にこんなことを書くのか。それは言えば簡単なことで、自分をしるため、自分の関心を知るため、と言い切ろう。江藤淳や小林秀雄になぜ関心があるのか、というと彼らの問題意識に共鳴するからだ。政治や社会もいい、しかし彼らの当面の課題はもてあます自意識だった言えよう。これは単に自我だけではない。親や友人、異性のありようも関わっている。小林は(驚くほどに)普通の感受性を持った社会人・家庭人であった。だから父の死、母の病気、同棲した女の動向に感じ入っているのだ。戦後の述懐として、母が戦後亡くなったが、そのことは自分にとって一大事で、戦争の成り行きなんてどうでもよかっったー。およそ知識人らしからぬ言葉だが、だが真率な謂いであろう  。そうしたふつうの感受性に映った日本近代文学はどのようであったか。

   だが小林は江藤と違って、私小説を認めている。志賀直哉を師と仰いでいる。そもフランス象徴詩を学んでいた小林がどうして私小説か。それは「様々なる意匠」で評論デヴューから数年を経た『私小説論』に待つべきであろう。
 
 
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