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ヤフオクで落札しました!

 投稿者:管理人 iPad 5471  投稿日:2018年 3月25日(日)19時45分2秒
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     小林秀雄全集第六次版(『小林秀雄全作品』)をヤフーオークションで、2万2千円で落札した。全28巻(+別巻4冊)、ふつうに買えば6万円以上はするものだ。当職は、第四次版全集(13巻)は持っていたが、これは小林生前の刊行のもので、ここには案外掲出されいない著作がある。処女作品の「蛸の自殺」(大正12)などがそれだ(一般には「一ツの脳髄」とされているが、一年も前にもう一つあったのだ)。
    小林は批評家としてその名が確立しているが、初期作品は小説がほとんどである。「女とポンキン」(大正14)、「からくり」(昭和5)、「眠られぬ夜」(昭和6)、「おふえりや遺文」(昭和6)、「Xへの手紙」(昭和6)、など、それらは小説といえるか異論もあるが、小林の自意識を描いたという点では、当節流行りだった私小説とはいえたであろう。
    批評家として小林が自らを批評家として意識したのは、ある作家の自殺について書いた「芥川龍之介の美神と宿命」(昭和2年)だったかもしれない。だが、知性というよりほとんど神経しかなかった、と芥川を批評した小林も案外(知性は無論あっても)神経もかなり敏感だったのには違いなかろう。
    むろん、小林がこの時代的に喧しい文壇に躍り出たのは、「様々なる意匠」(昭和4年)であった。芥川の自殺を論じた「敗北の文学」(宮本顕治)が、「改造」の懸賞論文一席入選で、小林のは二席に甘んじたのは有名な話だが、このことは、先に言った「喧しい文壇」の事情があろう。小林も相当な意気込みで、この文壇に「絡め手」から挑んだのであった。
    当職は小林を論じないでは、大正・昭和の文学はわからないとまでおもう。小林がいかに志賀直哉に首ったけだったか、多分それは芥川の比ではない(奈良の志賀の居宅まで学生時代から転がりんこんでいるのだ)。
    小林も実は人の子、青春の悩みはつきないもので、父の死、母の病気、そして自身の将来、そして何より転がり込んできた女に、心底参っているのだ。小林を、文壇でどでんと構えている偉そうなヤツと見るなら、それは全くのお門違いだ。それらに心底参っている、だからこそ、文芸評論が正しく書けるのだ。ただ、あまりにも皮肉屋で負けず嫌いだから素直な文章が書けないだけだ。
    小林嫌いも結構。だが、作品を、文学を深くただしく読むには、何に感動すべきかは、小林秀雄に教わるところが大きいのだ。ボオドレエルの憂愁に気が塞いでいた彼を、その憂鬱の穹窿を打ち壊してくれた、いわゆるランボー体験は、文学を志す者には、神話的なエピソードではある。
    当職は、先の全作品第1巻を読み終えて、昔からの課題だった「様々なる意匠」について書きたいと思う。そして出来るなら、難題「Xへの手紙」論もものしたい。

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