teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成

新着順:27/1646 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

古典と近代文学、似ているところ

 投稿者:管理人 デスクトップ 689  投稿日:2018年 1月19日(金)13時03分15秒
  通報 返信・引用 編集済
   やはり以前に投稿したもので恐縮ですが、再度ご披露させていただきますね。

       〇

『源氏物語』と近代文学、似てるところ 投稿者:管理人  投稿日:2009年 5月 5日(火)14時04分

 『源氏物語』の巻々、あるいは登場人物をみていると、ふっと、近代文学のそれに似ているなあ、と感じることがあります。もちろん、『源氏』の方がはるか先にできているのだから、〝真似〟や影響は、近代作品の方に決まっているのですが。以下は、ほんとに勝手な当方の見立てではあるが、いかがでしょうか。


 最初にふっとそんなことを思ったのは、30巻での「藤袴」の巻で、あんなに美しかった玉鬘が、夕霧など相応の男性の言い寄りものけて、また宮中への入内をも断って、いちばんありえない髭黒の大将と結婚してしまったことだ。玉鬘も当初は好きでなかったというのに。
 玉鬘といえば、源氏の友人・頭の中将の遺児、それもあの不幸な死に方をした夕顔と間の遺児であった。なぜ、北九州の方ですごしていたんだか理由・委細は忘れたが、いずれにしても多少の不幸な境遇は否めない。しかしこの玉鬘の美貌は多くの人を魅了するほどであった。父探しに都に来たのであったが、ある日行列なんかで見た実際の父親は、養い親の光源氏にだいぶ劣ったみえたのでがっかりしたこともあった。またあろうことか、彼女の美貌はその養いの父親になっていた光源氏も彼女に一方ならぬ想いを寄せることにもなった(有名なのは「蛍」の巻きで、たくさんの蛍が舞う中で玉鬘の顔が一入、美しく照らし出されたシーンであろう。
 でこの女主人公、とそれをめぐる人物の顛末が、当方には堀辰雄の『菜穂子』に似ている感じがする。不幸なおいたちゆえか、母との確執から逃れるせいか、一番その結婚相手にふさわしい都築明とではなく、東京のずっと年上の資産家と結婚してしまう(この段、初めて読んだときに、ああこういう道行が近代小説なのだ、なと妙に合点したことがある)。ファザーコンプレックス、と一言では言い切れないが、結婚という一段落をめぐる不思議な結末である。

 次に思うのは、結婚どころか、異性にたいして臆するところあのある男性の話で、これは《宇治十帖》の薫がそれにあたる。友人の匂宮の行動的なのに対して、マジメな勉強家であるとともに、どこか生存の影をしょっている(ま、自らの出生の秘密も抱えていたのであるが、それはともかく仏道で敬慕していた宇治の八の宮の處についに相談しに行く)。宇治の八の宮は、桐壺帝の八番目の宮で、由緒正しいのに皇統から離れ、仏道にいそしんでいたその姿が、求道の薫にぴったりだったのだろう。出生の秘密とは、源氏の実子とされるがそうではなく、光源氏の後妻・女三の宮と柏木との密通によって生れた宿命の子である。光源氏自身もそのことを知って、若い時代の藤壺との過ちを想起し、叱るどころか、苦悩している(ま、そのうぶな薫が、八の宮の娘たちを見初めて、劇を織り成しているところに、また『宇治十帖』のおもしろさはあるのであるが。
 自らの過去を思い、悩んでいる主人公がでてくる近代作品ですぐ思いつくのは漱石『彼岸過ぎ迄』であろう。そこに出てくる須永市蔵がぴったりである。97年のセンター試験にも出題された作品だが、須永にはまず出生をめぐって、子供心に陰をさすところがある。父の死ぬ直前、「市蔵、おれが死んでも、お母さんを困らせるんじゃないぞ」といわれたが、もっと不審な気持ちをそそる言葉は葬式の時の母の言葉だ。「ね、お父さんがいなくなったって、今までどおりお母さんが良くしてあげますからね」。こんな、わざわざ言わないくてよいことをいわれたために、却って、少年時代から、「僕は自分の親にたいする疑念が生れた」という須永市蔵。実際に、暗くなるべく生い育つ市蔵は異性との付き合いにも躊躇があった。親戚(いとこ筋)にあたる格好のフィアンセになりうる千代子を前にしても、愛しているのにそのことをいえない。のみならず、とてもじゃない独白(告白ではない)をするのだ。「僕は、物事に畏れを知っている。そんなんでことにあたって、どんなに二の足を踏んできたか。が、千代子はそういうことを知らない。屈託のないお嬢さんだ。僕の苦労を彼女にかけてあげたくはない」(具体的な会話内容は当方の思い出し・作成なので、関心の或る方は原文(=青空文庫)で確認されたい。
 要するに、薫も市蔵も、人生の裏面に敏感すぎる男であるだがその陰影が漱石先品に、どんなに知的な奥行きを与えたか、『源氏物語』がただの〝栄華物語〟に終わってないか、を証左するものである。

 こういうことを書いていくときりが無いが、この薫の形象、あるいはかれが後の面倒をみる柏木(恋心の不義の罪障で死んでしまう)、このふたりの暗い人物に対して、健康的で好男子で、かつ思慮深い常識家であるのが、夕霧であろう。かれは柏木の死んだ後、その後始末をし、未亡人(落葉の宮)を弔問している。また、一周忌を迎え、いまだに悲嘆にくれる父・光源氏をも慰めても居る(41巻の「幻」の巻)。もちろん、夕霧も普通の人情を持った男、父の後妻・紫の上を人目見ただけで魅了され、玉鬘が好きになり、友人の未亡人の落葉の宮を慕うようになっていく(そのことで、恋人の雲居の雁はたいへん立腹、里へ帰るなどしている)。でも、社会人として、人情のあるまっとうな青年として、夕霧の行動・心理はごくまっとうなのではないか。常に、周囲を冷静な目でみているし。
 この夕霧に相当するのは、漱石『行人』の出てくる、長井一郎の弟・二郎が似ているのではないか。兄さんの大学教授は知的だが物事にすべて懐疑的で、実は妻の愛情をも疑っている、〝幸薄い〟男だ。なんでも自分の思うようにいかないとすまない彼は時に妻をなぐる。しかし、「弱い子羊を打つ」ような自分の卑怯さも知っている。あるジレンマにはさまれた知識人のありのままを描いた傑作といえよう。貞操を疑われた奥さんと〝探偵〟を仰せつかった、弟・二郎は或る暴風雨の和歌山の温泉の寝間で、彼女(兄嫁)に告白されてしまうのある(「私はかまわなくってよ」)-。嵐の晩の一夜のこのせりふほど、兄弟の懸隔をしめした處でもあるだろう(漱石嫌いで、有名な正宗白鳥も、このシーンを「女の描けない漱石が始めて描けた」ところであるそうだ。

 この夕霧が義母である紫の上を始めてみてあこがれるシーンは、場合によっては大岡昇平『武蔵野夫人』の戦争からの帰還兵・勉に擬せられるし、あのおとなしい美貌の夫人・道子は紫の上になぞらえていいのかもしれない(勉に野性味をみるとすれば、匂宮をここにもってきてもいい)。

 また、柏木(36巻)・横笛(37巻)・鈴虫(38巻)・夕霧(39巻)あたりの、柏木の道ならぬ恋、それを見る夕霧の構図は、少し違うが、漱石「それから」の三千代を想うあまりになんども人の家のあたり(これはむろん三千代の夫である平岡の家)をへめぐるあたりに似ている。このシーンはまさしく〝恋〟だなあと最初に読んだ時想ったものだが、気になる人のことは寝てもさめても想い募るもので、明治のあの〝姦通罪〟のあった時代に、代助はついに、彼女を〝奪婚〟するのであろう(自然の情をとおしたばかりに、二人は、世間からの罰として、次の作品で宗助とお米は〝崖下〟の家に住み、奪婚された友人の影におびえて暮らすのである(柏木の場合、は、いわば中宮にあたるような女性を、たまたま横顔を見ただけで、重症の恋の病に陥り、世話になった源氏様にすまない、気持ちで、なんと死んでしまいます。ま、物語の展開上、そうしなくてはならないかったにせよ、ちょっと強引?)

 さらに、以下はほんの印象ですが、源氏が5巻「若紫」の巻きで、わらわやみに病んで北山の大徳に診てもらういわば、入院の後半、かわいらしい少女にあいますね。祖母らしき人と一緒に、雀の子をともだちが逃がしたと行って、泣いているシーン。教科書にもよく載っていた可憐なシーンですが、これは、〝垣間見(かいまみ)という、垣根から家の中、庭などを見る場面ですが、これと似た近代の小説では、室生犀星の『性に目覚める頃』、その〝お賽銭泥棒〟をのぞき見するシーンに、似ていますね。両方とも、今日では軽犯罪法違反ですが(無粋な名前だこと)、美しいものをのぞこうとするのは、『古事記』や、民話「鶴の恩返し」にしろ、普遍的な物語の行いです。
 あと、源氏が須磨で配流されて暴風雨に遭ったときあがありましたね、そのとき父王(亡き桐壺院)の亡霊が出て道案内して、無事、明石の土地だかに漂着しましたね。あの導きも、「ハムレット」にあるシーンにそっくりですね。
 また、前後しますが、柏木が自分の実の妹と知らず、玉鬘を慕うところは、三浦綾子『氷点』に少し設定が似ていますね(こっちは、ほんとの兄妹ではないのだから、恋愛はできるはずなのだけれど)。また、薫の出生の秘密ということだけでいえば、志賀直哉『暗夜行路』にもモチーフが似てないこともない。

 ま、『源氏物語』の直接の影響は、あの頃の、源氏亜流物語群や、中世王朝物語などに、むしろ色濃い影響はあるのですが、断続しているはズの、近代・現代にも通じるところをエッセイしてみました。(^^;)(>_<)(^o^)^^;<(_ _)>(-_-;)
 
 
》記事一覧表示

新着順:27/1646 《前のページ | 次のページ》
/1646