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海18号 九州

 投稿者:高岡啓次郎  投稿日:2017年 7月 2日(日)13時08分44秒
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  有森信二さんの『万華鏡』
 時代は今の団塊の世代に属する人たちが小学生のころであろうと思われる。米や葉タバコ、野菜を栽培している農家の長男として生まれた喬とすぐ上の姉である美奈の視点から書かれた、りきみのない水墨画で描かれたような作品である。長男は農家を継ぐものだという考えしかもたない母親の元で、自由に羽ばたくことを望む少年の苦悩が話のメインとなっている。母親に可愛がられた記憶がなく、自分は外から貰われた子どもだと思ったり、果ては祖父が嫁である喬の母親に産ませた子どもではないかと疑ったりする。
 ただひとり少年の心の救いになっていたのは父親の妹である幸子だった。病弱な彼女は兄の家に同居して家事のいっさいをにない、得意な料理で子どもたちを喜ばせ、日頃から何でも相談にのってくれるので姉弟にとっては本当にありがたい存在だった。特に少年の喬はこの叔母をサッちゃんと呼んでなつき、何をするにも心を許して甘えていたのだった。
 しかしその叔母が他家へ嫁に行くことになり、『瀬戸の花嫁」の歌の歌詞にあるとおり泣き崩れる。姉のように、母親のように慕っていた対象がいなくなることは少年にとっては重大事件だったのである。それはもしかしたら思春期に訪れた淡い恋心であったかもしれない。一緒に寝てくれていたサッちゃんがいなくなってからぽっかりと空いた穴をお土産として置いていった物で埋めようとする。それは姉である美奈にも見せようとしない。秘密をもつことは自立の一歩であろう。
 やがて嫁いでいった幸子は女の子を産み、予想に反してたくましく生きている。少年は本当に憧れの叔母が遠くへ行ってしまったことを自覚する。最後に喬はずっと隠し持っていた万華鏡を姉に見せる。二人がそれを覗きながら会話しているところで小説は終わる。万華鏡の中の回転する光の点在は思春期を迎えている少年と少女の光と影であり、それを覗いている姿は自分たちの過去と未来を見つめているのだと読者に思わせるほのぼのとした美しい作品。
 
 
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