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日本語の特性・・口語と文語  辞世の一句、一首くらいは残してほしい

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月15日(月)00時16分0秒
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  ・昭和の初めまで、軍人は言うに及ばず、文士やジャーナリストたち文筆を生業にしていた者はなべて俳句のひとひねりは当然教養として身に着けていたし、万一命を落とすことがあってもいいように、覚悟を決めて俳句、短歌の辞世の一句、辞世の一首を懐にして世を渡っていたものだ。

・ところが、最近の物書きたちは、一句一首も作れない。作ったことがない。日本語を操ることを生業にしている小説家、詩人、ジャーナリストでさえ、一句一首を作れないありさまなのだから、日本語がダメになるのも仕方ないか。日本語の劣化は、こんなところにも崖の地層の断面のようにくっきり顔を出している。話し言葉の口語は、意味が伝われば目的を達するので、「おい」「何だ」という具合に、基本は問いと応えで成り立っていて、微妙な心理の綾などはなく、いわゆる散文的だ。泣き笑いの喜怒哀楽心理の綾は、対面の表情で補えばいいからだ。

・古語の文語は手紙文として発達してきたものであるから、見えない相手にこちらの喜怒哀楽の感情を伝える手段。スマホも携帯も写真もない時代。感情を相手に伝える伝達手段として発達したのは当然だったろう。

・昔の文語は余情、余韻を伝える手段としては、世界に誇れる言語であろう。しかし、現代では文語は死語に近い扱いになっていて、英語、中国語は堪能だが、日本の伝統文語は見知らぬ外国語みたいな扱いになってきているのは、ちょっぴり寂しい。

・せめて、小説家や詩人、ジャーナリスト、放送関係者くらいは日本人の証し、たしなみとして、上手、下手は別にして辞世の短歌、俳句くらいは常日頃懐にしていたいものだ。

  ・幽玄の桜吹雪を北国にまとめてくだる花の筏よ   石塚 邦男

 
 
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