teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


もっと文芸批評を。

 投稿者:永野悟(群系) 9345  投稿日:2018年10月31日(水)17時09分57秒
返信・引用 編集済
      最近、人から送られてきた文芸雑誌二つを味読している。一つは「民主文学」、いま一つは「てんでんこ」という標題のついた文芸同人誌である。
   「民主文学」は日本共産党系の文芸誌だが、よくこのご時世に、今に継続しているなと感心(何せ左翼と文学の二つ、今時の若者には死語に近いもの同士の取り合わせですものね)。特に今回の11月号は、《特集  明治百五十年》と題して、明治以来の作家に焦点を当てた評論特集を組んでいる。五人の文学者を取り上げているので、まずそれらを紹介してみよう。
・広津柳浪の悲惨小説を読む                                                             田中夏美
・反戦の意志が脈打つ木下尚江「火の柱」                                       久野通広
・田山花袋ー名もない人の歴史を書く「朝」と「東京の三十年」    尾形明子
・徳冨蘆花「黒潮」「謀叛論」ー自家の社会主義                             下田城玄
・「明治」を漱石はどうとらえ、表現したかー「明治百五十年」と漱石     和田逸夫

    取り上げられた作家名とサブタイトルで、いかにも「民主文学」だ。まず、広津柳浪と明治の「悲惨小説」であるし、「反戦」の木下尚江だし、「名もない人」に心を寄せた田山花袋であるし、「自家の社会主義」と名打った徳冨蘆花、そして、「明治」の夏目漱石である。
   創作中心の雑誌かと思われたこの雑誌が、これだけの批評をこのご時世に掲出していることに、大いに慶祝の意を寄せたい。
    広津柳浪など文学史の知識で知るくらいだったが、名前だけは知っていた作品の内容がわかった。「変目伝」「黒蜥蜴」、そして傑作「今戸心中」が描かれる。遊里の女が心中したのは恋仲の男ではなく、女に入れあげていた古着屋とであった。女の絶望に同情した古着屋の絶望が心中へと帰結する道行きはいわゆる悲劇の結構となっていよう。当時から、鴎外・露伴・緑雨の「三人冗語」で話題になっただけある。柳浪後期の傑作「雨」は、芝浜松町新網、すなわち、当時の東京の三大貧民窟の一つが舞台だ。ここには長雨に降られて仕事にありつけない者と、親のため身売りに行く娘が描かれているが、こうした柳浪の深刻小説が人身売買や貧民窟といった社会小説にまで届かないのは、論者の言う通り、「今戸心中」で成功を収めた作者の「人物の言語と挙動のみを書く主義」が、そこにまで筆致を及ばせなかったということもいえよう。
   ちなみに論者が上げているように、三大貧民窟は、横山源之助の『日本之下層社会』(1899年)にあるもので、それらは四谷鮫ヶ橋、下谷万年町、芝新網だった。また松原岩五郎の《最暗黒之東京』(1893年)には、その貧民窟の仔細が描写されている。
  http://www.minsyubungaku.org/minbun/
 
 

「群系」41号の原稿募集について

 投稿者:永野悟(群系) 9095  投稿日:2018年10月21日(日)10時50分37秒
返信・引用 編集済
    「群系」誌では、いま次号(41号)の原稿募集をしています。
   そのうち、連載4回目となる、第一特集は、今回《日本近代文学の逼塞ー昭和8~20年の文学》と題して、おもに戦中の作家・詩人の特集を組もうとしています。現在集まりつつあるものは、いまさっき群系掲示板にご報告しましたが、以下の作家・詩人などのl作品があればいいなと思います。どうぞ、どなたでもご投稿されてはいかがですか?

昭和8年
宇野浩二「枯木のある風景」
小林多喜二「転換時代」(のち「党生活者」と改題)
宇野千代「色ざんげ」
三木清「不安の思想とその超克」
広津和郎「風雨強かるべし」
堀辰雄「美しい村」
尾崎一雄「暢気眼鏡」
昭和9年
川端康成「末期の眼」
谷崎潤一郎「陰翳礼讃」
永井龍男「絵本」
萩原朔太郎「氷島」
室生犀星「あにいもうと」
武田麟太郎「銀座八丁」
中原中也「山羊の歌」
昭和10年
内田百閒「長春香」
夢野久作「ドグラマグラ」
高見順「故旧忘れ得べき」
石川達三「蒼茫」じゃなかった→「蒼氓」でした。
中野重治「村の家」
徳田秋聲「仮装人物」
和辻哲郎「風土」
伊東静雄「わがひとに与ふる哀歌」
小林秀雄「私小説論」
昭和11年
北条民雄「いのちの初夜」
石川淳「普賢」
太宰治「晩年」
中村光夫「二葉亭四迷論」
保田與重郎「戴冠詩人の御一人者」
坪田譲治「風の中の子供」
野上弥生子「黒い行列」(のち「迷路」第一編)
昭和12年
山本有三「路傍の石」
川口松太郎「愛染かつら」
石坂洋次郎「若い人」
志賀直哉「暗夜行路」(最終部分)
永井荷風「濹東綺譚」
横光利一「旅愁」
吉野源三郎「君たちはどう生きるか」
火野葦平「糞尿譚」(芥川賞)
国分一太郎「教室の記録」
昭和13年
中河与一「天の夕顔」
石川達三「生きてゐる兵隊」
岸田国士「暖流」
火野葦平「麦と兵隊」
中里恒子「乗合馬車」
上田広「黄塵」
榊山潤「歴史」
昭和14年
釈迢空(折口信夫)「死者の書」
日比野士郎「呉クリーク」
太宰治「富嶽百景」
岡本かの子「河明り」
和田伝「大日向村」
三好達治「艸千里」
保田與重郎「後鳥羽院」
村野四郎「体操詩集」
昭和15年
織田作之助「夫婦善哉」
林達夫「歴史の暮方」
田中英光「オリンポスの果実」
伊藤整「得能五郎の生活と意見」
昭和16年
堀辰雄「菜穂子」
木山捷平「河骨」
舟橋聖一「悉皆屋康吉」
徳田秋声「縮図」
花田清輝「復興期の精神」
高見順「文学非力説」
三島由紀夫「花ざかりの森」
高村光太郎「智恵子抄」
坂口安吾「文学のふるさと」
三木清「人生論ノート」
保田與重郎「近代の終焉」
昭和17年
芹沢光治良「巴里に死す」
上林暁「歴史の日」
坂口安吾「日本文化私観」「真珠」
高村光太郎「大いなる日に」
小林秀雄「無常といふ事」
三好達治「捷報いたる」
丹羽文雄「報道班員の手記」「海戦」
中島敦「南島譚」「名人伝」
大木惇夫「海原にありて歌へる」
座談会・近代の超克
昭和18年
谷崎潤一郎「細雪」
島崎藤村「東方の門」
亀井勝一郎「大和古寺風物詩」
板垣直子「現代日本の戦争文学」
太宰治「右大臣実朝」
伊東静雄「春のいそぎ」
唐木順三「鴎外の精神」
この年、学徒出陣壮行会
昭和19年
神保光太郎「南方詩集」
大岡昇平訳・バルザック「スタンダール論」
富田常雄「柔」
太宰治「津軽」
竹内好「魯迅」
昭和20年
太宰治「竹青」「新釈諸国噺」
火野葦平「陸軍」
8・15以後
高村光太郎「一億の号泣」
太宰治「惜別」「パンドラの匣」「お伽草紙」
河上徹太郎「配給された自由」
宮本百合子「歌声よ、おこれ」

以上、自由にあげてみました。(^ ^)

https://8614.teacup.com/snagano/bbs

 

周辺都市の魅力

 投稿者:永野悟(群系) 9055  投稿日:2018年10月19日(金)15時33分35秒
返信・引用 編集済
     ちょっと息抜きになる話。

    東京周辺で住むにいい場所は?
・大宮駅周辺
・千葉駅周辺
・横浜駅周辺
・八王子駅周辺

   だいたい東京駅から同程度の距離。それぞれいい点をあげてみよう。
・大宮駅周辺
      新幹線で東北、上越、北陸方面にすぐ行ける。
      大宮公園・氷川神社がある。
      鉄道博物館がある。
      さいたま新都心がある。スーパーアリーナがある。
・千葉駅周辺
      成田空港がちかい。
      千葉公園、千葉神社がある。
      海が近い。
       幕張新都心がある。幕張メッセがある。
・横浜駅周辺
       新幹線で名古屋、京都、大阪へ行きやすい。
       大きな横浜港がある。
       山下公園がある。
       みなと未来21がある。
・八王子駅周辺
       中央線で信州へ行ける。

逆に、これらは裏返せば、デメリット?
・大宮駅周辺
      新幹線で東北、上越、北陸方面にすぐ行ける。ーそんなにしょっちゅう行かない。
      大宮公園・氷川神社がある。ー広いけど、駅から遠い。
      鉄道博物館がある。ー行ってみたい。
      さいたま新都心がある。ーあまり用がないので行かない。
       夏暑いし、冬寒い。
・千葉駅周辺
      成田空港がちかい。ーそんなには海外へ行かない
      千葉公園、千葉神社がある。ーもう少し広いといいな。
      海が近い。ー千葉港は近年整備されてきたが、横浜港には及ばない。
      幕張新都心ー都心からの交通が限られている。京葉線だけ。
      夏の暑さ、冬の寒さは比較的ゆるやか。
      もっと人気があって良さそうだが、千葉市がマスコミなどで取り上げられることはあまりない。
・横浜駅周辺
       新幹線で名古屋、京都、大阪へ行きやすい。ー新横浜になるが。
       大きな横浜港がある。ーすごい観光名所
       山下公園がある。ーすごい
       中華街があるー他の都市にはない。
           さすが、住みたい都市ランキングでトップだけある。
            横浜はそもそも、欠点がない、逆にそれがデメリット?
・八王子駅周辺
       中央線で信州へ行ける。ーいいけど、取り柄はこれだけ?
                新都心もないし、海もない。でも人気なのはなぜ?
 

保守主義、の語彙の確認を。

 投稿者:永野悟(群系) 9055  投稿日:2018年10月19日(金)11時31分39秒
返信・引用 編集済
      以下は、「群系掲示板」に書いたことの敷衍です。文学に関わる人には大切なことだと思うので、こちらに書き込みました。

    適菜収の本を読んでいると、保守主義の意味がより前向きな意味で捉えられていることがわかる。
   従来、保守主義というと、従前からの伝統や制度、を大事にして、いたずらな改変を阻止するという立場とされていた。対するのは進歩主義。伝統や制度の欠陥を改め、より良い方向へ改革、革新していく立場とされた。保守と革新、ともいわれ、さらに現実主義と理想主義、の対比でも言われた。
  この二つは日本の戦後政治では、保守対革新ということで長く対決されてきた。典型例をあげれば、美濃部革新都政の誕生(1967年)の時の応援政党であろう。すなわち対抗馬の秦野章元警視総監には自民党が、対して美濃部元東京教育大教授には社共が後ろ盾になった。自民vs社共、前者は財界や米国の伺いを気にする政党、後者は国民の権利、福祉を大事にする立場。ということで、当方はじめ多くの庶民は社共など革新を応援し、保守主義を毛嫌いしてきた。
   だが冷戦が終わり、社会主義国の崩壊を目にし、さらに、スターリン、毛沢東、金日成、さらにはポルポト、チャウシェスクなどの独裁、大変な粛清・殺戮を知るにつれて、社会主義・共産主義への熱も疑問に思えてきた(当方より少し後の世代は、こうした思想への接近もなく、むしろはじめから拒否の感情がある)。今日、社共の後継政党の支持がきわめてすくなく、自民党が多いのは、如上の経緯があろう。

    ここで政治的に、というより思想上、言葉の用法を改めて確認する必要があろう(このことは当方もこの数年漠然と考えてきたことだが、適菜収の本で確認できた)。すなわち保守主義の正しい意義である。これは、現実をしっかり見据え、より広い視野で考える立場のようである。この反対語、進歩主義は言い換えれば理想主義、の語で考えると、よりわかりやすい。理想主義は一見いい立場のようであるが、理想の上滑り、すなわち現実をよく見ないで想念だけが先走ったものが多い。先の共産主義の独裁とそれによる弾圧殺戮は、人類史上の惨事である(適菜はフランス革命のロビスピエールの独裁もあげる)。
   「権力は腐敗する、専制的権力は徹底的に腐敗する」というのは、ジョン・アクトン(1834-1902、英国の歴史家)の言葉だそうで、彼は早くからフランス革命を批判していたそうです(ちなみにこの革命の犠牲になったルイ16世と王妃マリーの断頭台の他に、その息子10歳の悲劇もあった)。
    理想主義の思想は人心を捉えやすいが、同時に専制を生む。これは先にあげた独裁者、今日でいえば、中国、北朝鮮、サウジアラビア、などが浮かぼう。
    理想主義の名の下に、日本の政治はおだおだしてきた。例えば小泉政権の改革は何を果たしたのか。ポピリュズムのもと、わけのわからない民営化、派遣の浸透、要するに今日の国民の疲弊を招いただけではないか。野党は相変わらず、政権の細かい揚げ足取りで、自らの代案が出せない。憲法を守れ、の理想主義看板で、実地の検証や思考をしていない。国会で恫喝的な政府批判をやって、安倍に苦笑いをされるようでは、どっちが大人でどっちが幼児か、さっと印象される(福山哲郎のあの恫喝、イキリ声は最低)。

   前にも書いたが、文学を考えていると(近代の文豪や、さらに日本古典を考えていくと)、少なくとも国会で見聞きする野党は自身と発想の根本が違うような気がする。これは、転向であろうか。(ま、前から支持していた日本共産党はそれでも筋を通してはいようが)。
   適菜収は、きちんとした思考もしていない、自称保守、左派を排除する。きちんとした思索をしてきた立派な左翼には敬意を払うとしている。
   当方も、まず語彙の問題を改めて定義し直して、国や社会、そして文学・芸術に向き合う姿勢を作りたいと思うものだ。

https://8614.teacup.com/snagano/bbs/11873

 

往年の女優ー夏川静江など

 投稿者:永野悟(群系) 8960  投稿日:2018年10月12日(金)00時17分13秒
返信・引用 編集済
     こちらの板、投稿が少ないので、一つ書き込みしますね。前に「群系掲示板」に投稿したもののリコピーです。癩病患者に生涯を捧げた小川正子、その著『小島の春』の映画(昭和15年)に、夏川静江という人が著者の女医役で出演したというので調べたので、ついでにこの投稿を確認したものです。

                                   ◯

日本の昔の女優さん  投稿者:管理人 iPad 218  投稿日:2018年 1月25日(木)01時18分38秒
  ステキな映画女優さんの紹介動画です。   寒かった今日一日の締めくくりに、全部の女優さんをあげてみます。下の動画、鮫島有美子の歌をバックに、いい時代を演出していますね。

    東山千栄子   1890-1980
    飯田蝶子       1897-1972  追加
    浦辺粂子       1902-1989  追加
    岡田嘉子       1902-1992  追加
    高橋とよ       1903-1981  追加
    笠  智衆         1904-1993  追加
    杉村春子       1906-1997
    浪花千栄子    1907-1973
    武智豊子       1908-1985   追加
    長岡輝子       1908-2010   追加
    沢村貞子       1908-1996
    田中絹代       1909-1977
    夏川静江       1909-1999
    三益愛子       1910-1982
    北林谷栄       1911-2010    追加
    入江たか子   1911-1995
    清川虹子       1912-2002
    水の江瀧子    1915-2009   追加
    三宅邦子       1916-1992
    谷よしの       1917-2006   追加
    轟夕起子       1917-1967
    望月優子       1917-1977
    山田五十鈴    1917-2012
    木暮実千代    1918-1990
    高峰三枝子    1918-1990
    水戸光子       1919-1981
    原  節子         1920-2015
    山口淑子       1920-2014
    賀原夏子       1921-1991   追加
    山根寿子       1921-1990
    桜むつ子       1921-2005  追加
    久慈あさみ   1922-1996
    千石規子       1922-2012
    月丘夢路       1922-2017
    淡島千景       1924-2012
    乙羽信子       1924-1994
    京マチ子       1924-
    越路吹雪       1924-1980
    高峰秀子       1924-2010
    津島恵子       1926-2012
    杉山とく子   1926- 2014   追加
    菅井きん       1926- 2018   追加
    山岡久乃       1926-1999
    三條美紀       1928-2015
    杉   葉子        1928-
    奈良岡朋子    1929-
    若山セツ子    1929-1985
    新珠三千代    1930-2001
    岸田今日子    1930-2006
    左   幸子        1930-2001
    香川京子       1931-
    久我美子       1931-
    島崎雪子       1931-
    八千草薫       1931-
    山本富士子    1931-
    有馬稲子       1932-
    岸    恵子       1932-
    久保菜穂子   1932-
    高千穂ひずる 1932-2016
    淡路恵子       1933-2014
    池内淳子       1933-2010
    扇   千景        1933-
    岡田茉莉子   1933-
    北原三枝      1933-
    草笛光子      1933-
    南田洋子      1933-2009
    若尾文子      1933-
    司   葉子       1934-
    青山京子      1935-
    芦川いずみ   1935-
    丘さとみ      1935-
    小山明子      1935-
    嵯峨美智子   1935- 1992
    浜木綿子      1935-
    吉行和子      1935-
    白川由美      1936-2016
    中原ひとみ   1936-
    野添ひとみ   1937-1995
   水野久美        1937-
    佐久間良子   1939-
    中村玉緒      1939-
    藤村志保      1939-
    水谷八重子   1939-
    浅丘ルリ子   1940-
    岩下志麻      1941-
    倍賞千恵子   1941-
    江波杏子      1942-
    星由里子      1943-2018   追加
    香山美子      1944-
    藤   純子      1945-
    松原智恵子  1945-
    宮本信子     1945-
    吉永小百合  1945-
    鰐淵晴子     1945-
    大原麗子     1946-2009

※  追加、とあるのは、1月27日(& 10月11日)、管理人の追加です。参考までに。
「昔の女優さん」だなんて、今も現役の人もいますよね。
   しかし、こう上げてみると、銀幕の女性に愛慕の情を持っていたのかな。
   特に1931年生まれ、すなわち昭和6年生まれの方々がいまも存命で嬉しい。野口存彌さんと同い年ですね。
https://m.youtube.com/watch?v=kVj5EYdQhQk
 

同人誌にはホームページが必要

 投稿者:永野悟(群系) 8829  投稿日:2018年10月 3日(水)07時18分59秒
返信・引用 編集済
     先に書き込んだように「カプリチオ」誌から、「文學界」同人誌推奨作品が出て転載掲出されることになった。「カプリチオ」誌には、他にも力作、読ませる作品がある。同誌には、ホームページもあるし、掲示板もある(ここを閲覧したことで、当方も転載の事実を知った)。
  https://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs
   同じ同人誌でも、固有のホームページや掲示板を持っていないのも多い。「白雲」や「構想」「人物研究」などは、その質の高さから、当方も以前掲示板で取り上げ批評したことがあったが、今回、最近終刊した「雲」(龍書房刊)についてもしらべてみようと思って検索にかけたところ、出てこない。先の三つの同人誌も誌名が一般的な名前なので、カギカッコで囲んだり、発行社を添えたりでやっと出てきた。ホームページを持たないので、発行元からの情報は出ないが、それぞれに言及しているのは、当方「群系掲示板」と、「simmel20の日記」である。後者は、「風の道」「雲」主宰の葉山修平(故人)の弟子筋の渡辺勉氏のブログであるが、読書家で篤実な氏の地道な書き込みで、やっとネットに載ることが出来ている。
https://8614.teacup.com/snagano/bbs/5773
http://d.hatena.ne.jp/simmel20/20161220/1482159844

   いずれも、「カプリチオ」や「群系」ほどページ数は多くないが、質実な同人誌として推奨するものであるが、残念なことに、同人の年齢層が高い(それで毎年同人も物故されている)。かつ、新たに入る同人もそう多くないという。
   問題は主宰者が、インターネットに疎いということだろう。中にはパソコンを持たないという人もあるやと聞く。もったいない、の一言である(所属同人にそのことを申し上げたら、関係ない、問題は中身だ、と言われた)。
   今の時代、組織は自らを主張するのには、インターネットを活用しない手はないだろう。外部の人にでも頼んで既刊号の目次一覧を作って掲出すべきだと思う。

https://www.katariba.or.jp/sprit/children.html?utm_source=gooddo&utm_medium=affiliate&utm_campaign=supporter&utm_content=article_article_gooddo_tab_nf3_questions_d_6

 

「文學界」の同人誌推奨を目指しましょう

 投稿者:永野悟(群系) 8594  投稿日:2018年 9月19日(水)17時09分11秒
返信・引用 編集済
      ほとんどこちらの板は忘れられているかのように、書き込みがありませんね。「群系」誌の合評会の後の飲み会でも出た話ですが、もっと同人誌同士お互いを紹介し合って、非商業誌の文学の活動を活発化させましょう。
   とりあえず、その点で言えば、「カプリチオ」誌第47号(2018年夏)収載の、玉置伸在氏の創作「何ごとが照らすかを知らず」が、このたび商業誌「文學界」の同人誌推奨作品として、近く同誌に転載されることになったそうで、おめでとうございます。追加して、根保孝栄氏の書き込みによれば、この推奨作品は芥川賞選考対象になるそうで、確かに過去の推奨作品、作家一覧を見ると、後日有名になったお名前が散見されますね(下のURL参照)。
   https://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs
    やはり、広く作品が知られ、読まれることは大事なことで、その点五大商業文芸誌などに何らかのかたちでも関わりをもてれば素晴らしいことです。その一つのきっかけが、この「文學界」の例でしょう。
    でも、これは創作中心の話で、文芸批評・研究となると、そういった大手雑誌の手を借りることが、近年困難になって来ました。ご承知のように数少ない新人賞募集の中でも小説は各誌あっても、批評ジャンルは唯一募集の「群像」がそれを取り止めて以来、すがるすべがなくなりました。前から応募状況も数からいっても創作の文字通り一割程度しかなかったので、やんぬるかな、という感じです。「読書人」紙の同人誌批評も無くなった今日、あるのは「三田文学」と、「季刊文科」(鳥影社刊)くらいでしょうか。幸い後者の文芸誌には、私ども「群系」誌同人が批評や小説について、連載させていただいています。(同誌74号・75号。検索)
    この際、先ほどの合評会でも出たように、創作と同様、本にして刊行していくのが、広く世間にアピールするためには必須の方法かもしれませんね。そのためにはむろん先立つものが必要ですが、これはこの際、掲載する同人誌が発行主体となって刊行していくしかないでしょう。同人の批評・研究が、収載誌から続けて刊行されれば、それはインパクトのあるものになるのではないでしょうか。

http://prizesworld.com/doujinshi/reprinted/bungakukai.htm

 

了解とお礼

 投稿者:岩本俊夫  投稿日:2018年 9月17日(月)11時12分24秒
返信・引用
   雑誌名『風嘯』の表記について了承しました。
 ところで、同誌38号に寄せられた根保孝栄・石塚邦男氏の5編の作品に対するご批評に感謝申し上げます。お礼が遅れてすみません。ご批評の中で「この雑誌の書き手は皆、政治に関心ある人たちである。作品の中で必ず政治問題に関心ある人物が登場する。…」というご指摘があり、思わず同人達の顔を思い浮かべました。
 最後に添えてくださつた、童心への想いの歌、いいですね。
 
 

「風嘯」・・・風?・・失礼しました

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 8月24日(金)15時05分48秒
返信・引用
  岩本さん、失礼しました。
当時、マシンが故障でスマホで書き込みしてまして、
<嘯>の文字がないまま、後ほど打ち直ししようと思いつつ
そのままになってました。私のミスです。お詫びして訂正いたします。

http://6909.teacup.com/nebo/bbs/

 

雑誌名「風嘯」について

 投稿者:岩本俊夫  投稿日:2018年 8月15日(水)21時52分48秒
返信・引用
  2017年7月26日の投稿の雑誌名について。
「風?」は酷かったですね。なぜ「?」に変換されたのか、全く不明です。常用漢字ではないから、では理由になっていません。表記上の正解は『風嘯』です。一度、このブログにお立ち寄りください。

http://fwusho.cocolog-nifty.com/

 

2012年の関東の会合

 投稿者:管理人 iPad 7953  投稿日:2018年 8月 8日(水)21時02分1秒
返信・引用
     この掲示板のだいぶ以前の投稿を遡って見てみました。一番最初のは83番目になりましたが、2010年5月18日の、tea cup事務局からのお知らせでした(上の設立経緯)。
   懐かしいのは、この板の名義の「関東同人誌交流会」、例の『文芸思潮』誌主催のまほろば賞の関東の候補を決める会議の模様ですね。2012年4月30日、掲出した三葉の写真には懐かしい面々が映っていますね。先日の会合には、小生、別の会があって行けませんでしたが、これからは出席するようにしたいです。何より文学の議論、するのが楽しいですからね。
https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs?page=56&
 

お礼

 投稿者:間島康子  投稿日:2018年 8月 7日(火)09時30分31秒
返信・引用
  荻野様

丁寧にお読みいただきありがとうございました。

今日は立秋だそうですね。台風の影響もあり昨日までの酷暑が
嘘のように感じられます。また暑さが戻るのでしょうが、ホッと一息と
いったところです。
お体気を付けてお過ごしください。
 

間島康子氏の『うれい』(「駅」第115号)

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 8月 2日(木)11時40分48秒
返信・引用
  うれい・・・私だったら“屈託”と呼び捨てたい気分のことだが、作品は「この/ゆうれいと親族であるかのような/宙にさまよう物体は/日毎夜毎/周辺に/身辺に/澄ましたそぶりで/にじり寄る」という連から始まり、まったくだ、いいかげんにしてくれと喚きたくなる私の傍に、そろりと寄り添う、おつにすましたしつこい気分が語られる。どこかに失せろと叫びを浴びせたい「そいつ」はそっと私に、苛むでなく寄り添うのだから、これはなんともいたたまれない事態である。
間島氏は特異な(個有な)意識作用でもって、見えぬものを見せる達人である。その詩で空間的に見えぬ―つまり不可触的な―知覚し得ない「うれい」を詩的言語でもって形象化させてゆく。ここがこの作品のポイントというのか醍醐味にあたるのだ。

“みえる者だけに/透明なかたちをあらわす/根を知る者だけに/切れない糸となってからみつく”

これは、なんとも穏やかな恐怖とでもいうべきか。うれい、憂い、愁い、患い――私の“屈託”は私だけのものであることをさらりと描写する。見えないものを「透明な」と形容で包むとき読者はハッとする。このように客観化されてしまうと、うれいている私はもう叶わないのではないか。つまり「透明な」存在はなんとも解決しがたい問題だろうと空想するからである。なにせ見えない触れない。見えぬものを見えているように包み込む「透明な」と言う形容詞が、さかさまに私の空想のなかで燦然と舞う。「そいつ」は透明化によって、客観化の裏をいくから、なお叶わないのである。

作者は続いてそいつの「きっか」けに向かう。またしても、見えるかのような紹介。

“ごびゅうの一瞬は/雑踏に紛れ込み/日々に埋もれ/穏やかともいえる時を/続けていた”

ごびゅう、とひらがな表現でもって、或る、過てる感情を「すべて」とした。ひらがな表記の威力は「すべて」を意味するから、そうするとあれもこれも過てる感情に包囲されてますます私は叶わない。つまり、日々に埋もれて穏やかに起因するうれいは、私に寄り添って苦しみやらを増加させるわけである。なんといううれいの力・・・。いつまで続ける気なのか。

“あの日/あそこで/窓外にあった木々は/緑したたらせ/四月には珍しく/大気はほてり/心とは似つかぬ明るさを広げていた

そことつながる暗雲は/長く揺らぎつきまとい/今同じ季節に/埋め込んだ重さをともない/押し寄せて来る“

日常の場面、風景、季節を挙げて私の心と無関係に、ごびゅうは「埋め込んだ重さをともない/押し寄せてくる」と詩は結ばれた。うれえる私は、例えば、卑近の人と人との関係に直面し続けるのだろう。また、人以外のことでもうれいのひらがな表記によるあらゆる対象に対しても直面するのだろう。直面するしかない、他になすすべもないいたたまれない事態は日毎夜毎に私に寄り添う。
この事は別の意味で、穏やかな恐怖と言い換えても良さそうだ。
 

草原克芳氏の『スカンジナビア半島の白夜の太陽』(「カプリチオ」第47号)

 投稿者:荻野央  投稿日:2018年 7月28日(土)14時20分54秒
返信・引用
  この小説は「悪」を扱ったもので、全編マイナス・イメージのシンボルで埋めつくされている。ヤクザ、殺人、女たちの没落と性交渉、麻薬、精神の錯乱、幻覚、とここまで書いてきてもまだあるのだ。主人公の蟹田は組の抗争で4人を殺害した殺人犯。蟹田に死刑執行を命じた法務大臣の腐敗した政治思考も悪に含まれる。明るく楽しく夢見るような出来事は一切ないが、ただ主人公の中ではマイナスとプラスが均衡しているわけで、それは錯乱する彼の心理において自分を納得させる 妥当という名の論理展開になっている奇妙な言い換えである。
壁に蠢く馬の首のようなスカンジナビア半島の様子が彼を「無難に今」生きていることの自己への証明として在り、あの世からの元妻の「交信」もその一つである。過去の想起と現実の幻覚の混在。でも、少なくもそれらは彼をこの世に妥当させ得る条件とみなして作者は描いているから、これは小説の技法として興味あるものだ。
或る日のこと死刑場へ狩りだされる数時間の間に、蟹田の人生全ての体験が想起されるが、いっぽう彼の中では拘置所で得た(と信じている)哲学から文学その他に至る読書による知がその全体験を真理に近いものと考えていて、しかしながら彼を取り巻く他者たちは彼を狂人に近いものと見做している、この不均衡が彼自身の内部の均衡と皮肉に対立しているのが面白いところの二番目である。
(様々な悪を犯した蟹田を極刑という暴力で裁定するという悪(アメリカと日本)を以て処するというこの矛盾。死刑は本質的に無意味な措置だし誰の益にもならない不可解な行為である。言わば破産宣告。債権債務はご破算にしてはならず、罪は徹底的な解析の必要ある課題だ。)

閑話休題。

この作品は死刑の賛否を問うものでは、むろん無い。蟹田を中心としたマイナス・イメージからすべての生あり、というのが主題のように思われもする。残念なことにフィクション以外の場では、悪と分離されてプラス・イメージになることは(まず)無いから不均衡だと言わざるを得ないことであろう。


 

すてきな同士たち

 投稿者:管理人 iPad 7683  投稿日:2018年 7月25日(水)15時09分57秒
返信・引用 編集済
     一同人誌の話ですが、つい先日、創刊三〇周年記念のパーティーをやり終えました。ま、猛暑の只中の日曜日でしたが、会場の新宿のホテルに予定の方全員がいらして、こんな気候なのに当日キャンセルもなく、主催幹事としてはやれやれと胸を撫で下ろしました。あっという間に楽しい二時間は過ぎて(その一時間以上前から多く来られて、高層ビルからの景色を楽しんでいました)、さらに二次会と夜遅くまで、いろいろな話に花が咲きました。

   いったいにこの雑誌の同人、さらに購読会員はいい人が多く、話づき合いもいいです。振り返れば、パーティー出席の方々は皆、社交上手で人と会うのが楽しい方々とお見受けしました。ご挨拶をいただいたかたがたは社会で一線の活躍をされている(いた)人々で(大学教授、評論家、編集長、ジャーナリスト、病院長、作家など)、お話もそのご専門も伺え、小誌のことも寿いで、お人柄がしのばれる感じでした。
   参会者の方々は年齢的には小生同様、あるいはそれ以上なのに、いわゆる老人という感じではない。やはりご自分の人生をしっかり歩まれている、尊敬できる方々でした。

    翻って、一般社会をみてみると、ストレスを抱えた人、困難にぶつかっていきように悩む人など多くいるようです。リンクの記事には、孤独になっている人も多いようです。統計によると、人とのコミュニケーションをしない、交流がない人は早死にするそうです。悩みを打ち明けられない、ゆとりがなくいつもせかせか、している。ま、そういう方は自然と人との距離が離れるのでしょうか。
    その点、パーティーやその一週間前の研究会例会に集った方々は、暑さにもめげず、体力的、精神的に強い、のでしょう。それがあるからこそ、社交的だし、またひととのお話もゆったりおおどかで、こちらも何か安らぐのでした。
    ほんと、ここで告白すると、年上の先生方はむろん、同世代のご出席の幾人かは、小職がこの三〇年の間知り合って、じつに尊敬と親しみを心から感じている人たちでした。ー

http://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/16/021000005/021700013/

  https://style.nikkei.com/article/DGXMZO21776670S7A001C1000000?channel=DF140920160927&nra
 

人生を楽しむこと

 投稿者:管理人 iPad 7558  投稿日:2018年 7月18日(水)13時43分9秒
返信・引用
     テレビでは、サッカーの話や、日大の不祥事、最近では熱暑の話題が多い。でも、これらはその都度のニュースであって知るべきことではあっても、心の糧となるものではない。ほんとに癒しとなったり、生きていく核になるもの、いわば芸術・文化のことはテレビでは求めにくかろう(ほんとに、同時的な報道ではあっても、トランジャットでその場かぎりだ)。やはり、文学なら読書、絵画などなら美術館、音楽ならコンサートホールへ足を運ぶべきであろう。
   だが、同じようなものでも、iPadなどタブレットだと、それらのことがかなう。文学作品も青空文庫で読めるし、新刊の本の情報もすぐ検索出来る。音楽も(映画なども)You tubeで見られるし、絵画も一発検索出来る。
   体にいい食品も、世界のいろいろな統計も、話題の人物のことも、そして、身近なちょっとした知りたい事柄も、一発検索でわかる。小生は、こうした板などでさんざん書き込んでいるように、あらゆる知識を仕入れている。おかげで、透析35年の現在も、たいへん元気でいられる。リンやカリウムの食品含有量という基礎知識以外に、いろいろな検査項目の知識も入っている。最近、BMIという、肥満の具合を表す数値を計算してみたら、22、でちょうどいい値であった。食べ過ぎれば、カリウムやリンが高値になるし、コレステロールも上がる。
   かつてとちがって、食事を自分で作ることも覚えた。やはりiPadで調べた料理素材、レシピからである。以前、あまり野菜はレストランで出されるものくらいであったが、ブロッコリーやゴーヤ、トマト、オクラなどがいいと知って、摂取するようにしている。
   昔の人は、情報が入らなかったから、酒を飲みながらタバコを吸い(最悪)、過度の労働、少ない睡眠、それらを含めていろいろなストレスで、60歳にいくかいかんうちに亡くなった。人とのコミュニケーションが長生きの元ともしらずに、孤独死する人も多かった。
    21世紀に生きるわれわれは、そういう先人のしかばねを超えて生きるのじゃ。
 

「季刊文科」74号から

 投稿者:管理人 iPad 7504  投稿日:2018年 7月16日(月)09時37分9秒
返信・引用 編集済
     同人からの問い合わせもあったので、「季刊文科」誌に掲出した論稿を転載させていただきます。
どうぞ、ご意見・ご感想等あれば。

【近代文学の動向】その1
  「批評」の意味   ―批評・研究の同人誌として
                    永野 悟(「群系」編集部)


 江藤淳は、『小林秀雄』(一九六一年刊)の冒頭近くで、「小林秀雄の前に批評家がいなかったわけではない。しかし、彼以前に自覚的な批評家はいなかった」として、この「批評を創め、芸術的な表現に高めると同時に、(追随者にその亜流が続いたという意味で)これをこわした」小林秀雄の問題について、以下のように綴っている。

 私見によれば、この問題は二つの側面をもっている。一面からいえば、それは、夏目漱石から志賀直哉に屈折していった日本の近代文学が、ふたたび屈折して小林秀雄において「批評」を生むにいたる過程の意味である。「Ⅹへの手紙」の背後には明らかに「暗夜行路」があるが、そのむこうにはおそらく「明暗」がある。漱石が発見した「他者」を、志賀直哉は抹殺し去ることによって「暗夜行路」を書いた。そこには絶対化された自己があるだけである。小林は、この「自己」を検証するところからはじめた。つまり、彼の批評は、絶対者に魅せられたものが、その不可能を識りつつ自覚的に自己を絶対化しようとする過程から生れる。これが、芸術家の、しかも、きわめて近代的な芸術家のたどるべき道であることはいうまでもない。

  日本の近代文学の俯瞰(サーベイ)として、実に端的な評言(表現)であるので引いたのであるが、実際、日本近代文学の問題は、一つには自己であり、その確立であった。その葛藤は、透谷や藤村の「文學界」に始まり、「明星」の晶子や啄木に継がれ、さらに花袋や秋声などの自然主義に継がれていった。だが、その自己の確立を阻むものとして、家の制度や世間、さらには国家というものが立ちはだかった。大正に至って、一方ではそうして家や世間から逃れた私小説という形式が生まれたが、他方ではその国家に対して闘い、崩壊していったプロレタリア文学の流れもあった。
だが、そうした「他者」から頑なに自己を守ったのが「白樺派」の文学者であろう。中でも武者小路実篤と志賀直哉はその典型であった。特に志賀直哉はその独自の「自分」の感性をそのまま押し当て、自らの文学と実生活を築き上げた。ここには、漱石が対面した「他者」が徹底的に抹殺されていた。「それから」や「門」、「行人」「こころ」や「道草」「明暗」などにみられた「他者」が、初めから排除されることで、そうした文学世界が形成されている。
   むろん、志賀直哉に危機がなかったわけではない。よもや自身の死に至るかもしれない危機、あるいは仲居との交渉による妻との危機。「城の崎にて」や「邦子」「痴情」「山科の記憶」「濠端の住まい」などの作品は、しかし、そうした実生活上の危機が芸術的に昇華されて読者は、そこにある小動物の生死の描写、その「神のような無慈悲」(平野謙)な透徹した境地に小説の醍醐味を感じたのであった。

   「Ⅹへの手紙」の背後には明らかに「暗夜行路」があるが、そのむこうにはおそらく「明暗」がある。

     江藤がこういうまでもなく、小林秀雄がその初期に、白樺派、中でも志賀直哉の影響を受けていたことは有名だが、その処女作ともいえる「一ツの脳髄」(1924年)は、志賀の「城の崎にて」(1917年)を意識していたようだ。船や自動車を乗り継いで、湯河原の温泉に泊まり、その夜、自己の神経衰弱や母の病気を回想する一人の知識人の「脳髄」のありようを描いたものだが、舞台・結構とも「城の崎にて」に似ており、その感受性にも、「志賀直哉的な嫌人生」(河上徹太郎)がうかがわれる。
    が、志賀なら決して書かぬような一節があると江藤淳は引用している。それは乗り合わせた船の、顔色の悪い、繃帯をした腕を頸から吊るした若者が発する石炭酸の匂いや、膝頭を抱えた二人の洋服の男、柳行李の上にうつ伏した四十くらいの女、これら「醜い奇妙な置物の様な」な周囲の現実に自分も嫌悪を覚えながらも、「自分の身体も勿論、彼らと同じリズムで慄へなければならない」と書いていることで、これはきわめて、批評的だ、というのだ。そこで小林は動いて慄へている現実に不快感を抱き、「それが堪らない」と思いながら、「自分だけ慄へない方法は如何にしても発見出来な」いで、ある滑稽な連帯関係のなかにくりいれられてしまうことをみてとっている。作者は、心ならずも自分の裡にある相対的な感覚を発見してしまった。この相対感覚を江藤は「いわば志賀直哉と夏目漱石の中間の位置にいて、焦燥にかられながらシニカルな視線を現実に投ずるのである」としている。ここに、小林秀雄一流の自意識の胚胎(=批評家の誕生)をみることもできよう。

    ここで、改めて、小林秀雄の志賀直哉讃を観ておくのも意味があろう。小林自身が旧制一中の「白樺派的な文学的雰囲気」に育っていることも大事だが(富永太郎の親炙、その手紙の交流など)、小林はその初期の作家論の最初に「志賀直哉」(1929年)を書いている。
「嘗て日本にアントン・チェホフが写真術のように流行した時、志賀氏は屡々チェホフに比された」「チェホフは二七歳で『退屈な話』を書いた時、彼の世界観は固定した。それ以来、死に至るまで彼の歌ったものは追憶であり挽歌であった」―。
「然るに、志賀直哉氏の問題は、言わば一種のウルトラ・エゴイストの問題なのであり、この作家の魔力は、最も個性的な自意識の最も個体的な行動にあるのだ。氏に重要なのは世界観の獲得ではない、行為の獲得だ。氏の歌ったものは常に現在であり、予兆であって、少なくとも本質的な意味では追憶であった例はないのである」―。
「志賀氏は思索する人でもない、感覚する人でもない、何をおいても行動の人である。氏の有するあらゆる能力は実生活から離れて何の意味も持つことができない」。「懐疑と悔恨―。凡そ近代の作家で志賀氏ほど、これらの性格から遠いものは稀である」。
「然し問題は、芸術の問題と実生活の問題とがまことに深く絡み合った氏の如き資質が、無類の表現を完成したという点にある」。
    志賀氏の文体の直截精確、これを小林秀雄は、氏の「慧眼」と説いている。これは、単に多様な角度で見る目ではなく、「決して見ようとしていないで見ている眼、どんな角度から眺めるかを必要としない眼」としており、その描写の例として、『和解』における子供が死ぬ箇所を挙げている。ああいう事件の顛末を書く眼、これは意識して書くのではない、「氏の眺める諸風景が表現そのものなのである」―。

    なぜ、こうまで志賀直哉を讃するか、この作家を憧憬するか、これは自分たちにはない資質に魅せられたからであろう。志賀直哉のようなエゴティズムをもはや後代は持ち得なかった。ここには、小林が生きた時代の問題もあろう。大正十二年の関東震災を経て、社会も人心も変化していった。そうした〈転換期〉にあって、自分の生きる方向、逡巡が、自意識として作家にからめとられた。そうした自意識の叫びを遺書に書いた芥川龍之介について、小林は、早くも「芥川龍之介の美神と宿命」(1927年)を書いた(芥川氏にあるのは、人の言うような理知の情熱ではなく、寧ろ神経の情緒である、とした)。が、その後の梶井基次郎、中島敦も、こうした自意識の展開といえようが、小林秀雄の自意識の開陳、すなわち批評の誕生によって、われわれは問題の所在とともに、表現の方向を知ることが出来たのである。

    今日、文学の衰退がいわれる。多様な文化・情報がその理由ともいわれる。だが、今日ほど、そのことを含め、批評意識が求められる時はなかろう。なぜなら自己の定立を含め、意識の混迷が、その表白・表現を求めているだろうからである。



 

交流会のご報告、ぜひ!

 投稿者:管理人 iPad 7436  投稿日:2018年 7月13日(金)00時12分25秒
返信・引用 編集済
     交流会が近づいて来ましたね。ご参加の皆さんには、出来れば候補の作品の感想・印象など書き込みをお願い出来たらと思います。あるいは、当日の模様など、事後報告いただけたらと思います。

                              ◯

   追加的に書き加えますと、同人誌掲載の作品についての感想・批評は、いま一番に求められているものと思います。同人誌掲載の作品はともすれば丁寧に読まれなかったり、見過ごされたりしがちです。かつては「文學界」や「読書人」紙の《同人誌批評》があって、一つの指標として、作品の作者はむろん、同人誌仲間、あるいは広く文学愛好者に読まれたものと思います。いまそういうコーナー・紙面が僅少になって、わずかに、インターネットのブログや掲示板で取り上げられるだけになりました。しいて言えば、同人誌同士の受贈などで、横のつながりを持とうとしていますが、やはり多くは送っただけ、受けただけで(中には、ハガキでお礼と簡単な感想を書かれる方はいますが、少ないです)。
    やはり、どういう作品なのか紹介とともに、良かった点、惜しい点など、具体的かつ一定の長さで書くことが大事でしょう。かつては、マスコミの誌紙があったわけですが、今はこれ、SNSがありますね。掲示板は一定の読者、継続的なアクセスが期待されます。いま、各同人誌では自らのホームページを持つものが増えてきて、かつこうした無料の掲示板を持つものも多くなってきています。
   なかには自分たちのホームページを持っていない同人誌もありますが、それには、これ、teacupの掲示板がおススメです。かなり長い文も投稿できますし、編集も削除も随意。また人の投稿についても、意見や感想もいえます。本名で投稿するのは気がのらない人は、ハンドルネームでも結構(でも、どんな人なのか、読者にわかる身分証明はした方がいいですね。例えば「◯◯同人」だとか。
    やはり継続的な投稿者、わかりやすい文が多いとその板のアクセスは増えるでしょう。

     この板は、今度の日曜に開催の「関東同人誌交流会」の掲示板として立てたものですので、ぜひ、皆さんの同人誌の宣伝、あるいは同人募集にどうぞ、書き込み下さい。むろん、個人の意見も歓迎です。
(ちなみに、当職はこの板を立ち上げたものです。今は管理人でもあります。)
 

関東同人誌交流会のお知らせ

 投稿者:管理人 iPad 7114  投稿日:2018年 6月28日(木)13時35分52秒
返信・引用 編集済
    「文芸思潮」の五十嵐勉さんから、郵便でご案内が来ましたので、SNSには当方が代わりにアップしておきますね。

    ◎ 2018 関東同人誌交流会のお知らせ

   たいへん遅くなりましたが、例年のとおり第12回「まほろば賞」に向けて関東の優秀作推薦の合評選考会を行いたいと思います。今回は長い作品が多い結果になりましたが、どうぞ奮ってご参加いただき、熱い合評選考を賜りたいと存じます。同時に同人雑誌の懇談と交流が図れましたら幸いです。
   ご参加いただける方にはすぐに作品コピーをお送りしますので、電話、またはFaxで事務局宛てご連絡いただけましたら幸いです。恐縮ですが、作品コピー代と会場費合わせて800円をご負担いただけましたら幸いです。
●「まほろば賞」推薦候補作
・「バクダッド空港」   えひらかんじ       「私人」94号
・「ダルニーの瞳」       朝川 彪                「カオス」23号
・「大寒の日」              木下径子              「街道」    31号
・「変身」                     河田日出子          「婦人文芸」98号
・「冬の木漏れ日」      難波田節子           「遠近」66号
・「ラスト・マン・スタンディング」    野川  環   「星灯」5号
日時   2018年7月15日(日曜日) 午後1時半から午後5時を予定
場所   大田区民プラザ(東急多摩川線「下丸子」駅前)  第三会議室
    http://www.city.ota.tokyo.jp/shisetsu/plaza/
参加方法
    以下にご連絡下さい。
    関東同人誌交流会  五十嵐勉宛て
    電話  03-5706-7847   Fax.  03-5706-7848.  メール  igarashi@asia wave.co.jp 携帯電話 090-8171-9771
  ご参加の方は恐れ入りますが、作品コピー代と会場費800円をご負担下さい。
  
 

創刊三〇周年記念「群系」パーティーへのご案内

 投稿者:管理人 iPad 6980  投稿日:2018年 6月20日(水)13時03分56秒
返信・引用 編集済
     群系同人の方から、この板でも、パーティー出席の方を募ったらいかがということで、ご案内を掲出させていただきますね。「群系」誌は昭和63年7月創刊で、来月7月には創刊三〇周年を迎えます。その記念の会合で、広く文学愛好者の方のご参集をお待ちしています。記念の40号の内容は、群系掲示板6月1日付けにアップしていますが、ご希望の方には、お送りします。パーティーのお問い合わせも、メールアドレスは、uf2gmpzkmt@i.softbank.jp
https://8614.teacup.com/snagano/bbs?page=3&


   創刊三〇周年記念「群系」パーティーへのご案内

   皆様にはいかがお過ごしでしょうか。  さて、「群系」四〇号はいかがでしたでしょうか。表紙のアジサイなども好評で、内容的に も充実していたとの声をいただいております。  本誌は昭和六三年七月に創刊されて毎年刊行され、一九九七年には創刊一〇周年(一〇号)、 二〇〇七年には創刊二〇周年(二〇号)、この年から年二回刊行されるようになり、二〇一二年 には三〇号刊行記念、二〇一五年には三五号刊行記念、そして、全国同人雑誌大賞を授与され た年の翌年、二〇一七年にはその記念のパーティーを催してきました。いずれも多くの皆様に お集まりいただきました。インターネット時代、雑誌の投稿者・購読会員は増えて、毎号、質 と量ともに充実してきたものとなってきました。  今回、創刊三〇周年、第四〇号というキリのいい刊行を記念して、左記のような記念のパー ティーを催したいと思います。本誌会員の方はもちろん、広く文学・芸術に関心のある方にお いでいただき、近代・現代の文学、同人誌の現状とこれからについて、あるいはマスコミと読 者のありようなどについて語り合えればと存じます。

             記      創刊三〇周年記念「群系」パーティー
日 時  二〇一八年七月二十二日(日曜)午後三時~五時(受付 二時半)
場 所  京王プラザホテル 本館四七階(最上階)あおぞらの間
       (東京・新宿駅から徒歩十分ほど)
会 費  一万円(当日申し受けます)
                                                    平成三〇年六月吉日
※出席の方は、同封の返信用ハガキ(六二円)に必要事項を書いて、六月二〇日までにご投函く  ださい。あるいは電子メールで、ご通信下さっても結構です。メールアドレスは、
snaganofy@siren.ocn.ne.jp(pc)、 uf2gmpzkmt@i.softbank.jp(iPad)のどちらでも着信します。 書き込み事項としては、お名前と、電話番号、メールアドレス(あれば)、の他に、当日の出席者名簿に書き込む肩書きもお願いします。
例:会社員 教員 など職業(元)、以外に、同人誌のジャンル、関心領域でもいいですね。
      創作 文芸批評 詩歌 近代文学 古典 外国文学 エッセイ その他
※  パーティーは親睦・交流の場ですので、名刺やご著などお持ちになるといいと思います。
 

レンタル掲示板
/83