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一つの始末

 投稿者:管理人iPad 172,330  投稿日:2021年 8月24日(火)15時20分8秒
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   検索をしていて、あるお笑い芸人の最後がとても切ないものと感じた。いや彼自身より、その彼女(愛人)の行動と最後の始末が切なかった。こんなもの、アップするものかと思うが一つの生き方として。


〉1987年9月4日夜、佐々木は当時同棲していた東京都板橋区高島平にある39歳の女性宅アパートで刺殺された状態で所属事務所の社長により発見された。40歳没。9月5日の高松公演を前に連絡が取れなくなって事務所のスタッフらが捜索しており、発見時には死後1週間が経過していた[2]。警察は同居していた女性を被疑者として捜査。なお、事件発生前被疑者が改名手続きの最中だったため当初は被疑者が2人いると思われていた。
 佐々木には妻子がいたが、ギャンブルにのめり込んで巨額の借金を作り家庭内でのいざこざが絶えなかった。その末に佐々木は1987年4月ごろに家を出て、新宿のポーカーゲーム屋で知り合った女性と同棲していた。女性は佐々木の借金の一部を肩代わりしていたが佐々木が「それでも足りない」とさらに金銭を要求し、また女性の貯金を勝手に引き出したり貴金属類を勝手に換金するなどしたため、2人の仲は次第に険悪になっていった。また佐々木はこの件で事務所の社長にも相談していたという。
 事件当日(下記の最後の舞台に出た8月30日夜から8月31日未明とみられる)、女性が飼っていた犬を佐々木が殴って骨折させたことがきっかけとなり、女性は佐々木の全身を包丁でメッタ刺しにして殺害した(2016年2月5日放送の『爆報! THE フライデー』の企画『爆報ミステリー 名前が出せない芸能界事件簿第7弾』では、『お前は一生俺の金づるだ』と発言したことが殺害の動機だと報じていた)。犯行は突発的なものだったらしく、事件現場に残された遺書には「私もお父さんのそばに行きます、私がお父さんを殺すなんて夢にも思わなかった」と書かれていたほか、遺体には毛布が掛けられ枕元には水を入れたコップが供えられていた。
 被疑者女性は犬を入院させた後消息を絶ち、2日後の9月6日に青森県むつ市大湊の陸奥湾で入水自殺しているのが発見された[3]。近くのホテルからも事件を詫びる内容の遺書が発見されている。
佐々木の最後の舞台は1987年8月30日の鈴本演芸場であった。
 
 

体調、良くなりました(^ ^)

 投稿者:管理人iPad 172,300  投稿日:2021年 8月19日(木)20時49分57秒
返信・引用 編集済
   特に書きたいことがあるわけではないですが、アクセス数がきりのいい数字になっていたので。ま多少でものぞいてくれる人があるようです。
 小一ヶ月前、いま一つ体調がパッとしないことをグダグダ群系掲示板などにも書きましたが、その後よくなったので書き込みを削除しました。ま、個人的なことを書いてまたさらに消すのは良くないですが、体調の問題は小生の場合食事の問題もあったようです。思い切ってカツ丼を食べたりしたら多少具合よくなり、以降食べてみるようにしたら、この一二週間、復調したようです。
 体重が48キロまで落ちていて、これはかつてなかった数字です。普通は52キロ、低くなっても51キロはあったのが、この一年50キロになって、少し食べないとこれを割ってしまったわけですね。高齢者は食事が基本、特にたんぱく質は摂らない、とね。
 

『群系』46号を発送して

 投稿者:管理人 永野悟 172,010  投稿日:2021年 7月17日(土)18時49分56秒
返信・引用 編集済
   ちょっと食事などで外出した後、郵便局受けには三、四のものが入っていた。一つはサプリのパックだったが、あとの三つのハガキは46号のお礼のものだった。そこには雑誌や作品の感想もあったが、発行人(私)の体調を気遣う言葉もあった。ま、雑誌は33年刊行だが、透析は38年になる。この間、入院や手術もあったが、基本的に週三日、早朝から電車に乗って通院している。よく通っていると自分でも思うが体調が良いというわけでもなく、この一~二年、なんとなく身体がだるかったり、歩行がしんどかったりの感じがある。
 まあ、七〇歳も過ぎてどこか調子がパッとしないというのは普通であろう。が特にこうして寝転がっている時に、なんか身体の不調、を感じるのは当方だけではないことだろうか。でも透析室のドクターから血液データなどのことでは特に問題点は指摘されていない。だがやはり本人には主訴があるので、何か少しでもよくなる方途を考えたい。この板にも、同人誌やその著作などについて書きたいこともあるのだが、様子をみていきたい。
 

訃報です

 投稿者:高岡啓次郎  投稿日:2021年 7月12日(月)09時13分59秒
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  長年にわたり文学に情熱を燃やし、全国の同人誌作品に丹念な批評を続けて下さった石塚邦男さん、筆名は根保考栄さんが6月23日に心筋梗塞で亡くなられました。パソコンの前で執筆中に逝ったとのこと、まことに情熱の人であったと思います。ここに氏への感謝を綴るとともに、心からのご冥福を祈るしだいです。石塚さん、長い間ありがとうございました。そしてお疲れさまです。ゆっくりお休み下さいね。
                               高岡啓次郎
 

楽しい掲示板に。

 投稿者:管理人iPad-171,477  投稿日:2021年 5月 2日(日)10時50分29秒
返信・引用
   こちらの板はほとんど設置者(管理人)の私的な板、つまりブログになっていたのですが、本業、つまり群系掲示板に書くことがいっぱいでせわしなく、自然足が(いや手が)遠のいていました。私的ということで、管理人の個人的な体験・感想を書き込んでいたのですが、昨年末から二回、シャント手術や手根管手術の報告と、その入院時のことを書き込んで以来、クライ?感じになりまして、これはイカン、読んでくださる人にいい気持ちになっていただく当初の趣旨と逆の効果はいかが、ということで、そうした個人的な投稿は、板の一番下の「管理者メニュー」を開けて、それらを「非表示」にさせていただきました(「削除」ではありません)。また、気向きによって、皆さまの参考になろうかと思った時には、「表示」にしようかとも、存じている次第ですが、とにかく、楽しい板にしたいと思っている次第で、その気持ちの表示のために、久しぶりに書いてみました。  

秋刀魚の味

 投稿者:管理人iPad-170,180  投稿日:2020年11月21日(土)16時28分7秒
返信・引用 編集済
   秋刀魚の季節である。でも小職この秋、サンマを食していない。思えば子供の頃からサンマは好きだった。特に血味という部分が好きだった。アジなんかより、好きだった。さっき、テレビでサンマの身を見事寄り分けていたのをやっていたが、いわばサンマの解体であるが、美味しそうだった。
 そこで、また小職流の考えが浮かんだのだが、サンマはいわば、人間に食されるためにこの世に生まれて来たのだろうか。秋刀魚と書くように秋の味覚として。だがサンマにもそれぞれ青春の志があったことだろう。じぶんは何のために生まれたか。父や母親を大事にし、このサンマ一族の繁栄と幸福のために頑張るぞ、と思ったことなんか、ないか。
 しかし、大方の生き物は弱肉強食、食物連鎖のなかにいきている。そのことに気づき、覚醒し、この連鎖から見事抜け出す、立派なサンマはいないものか。もしいれば、文字通り、秋刀魚、すなわち秋の刀を所持した、立派な魚となるであろうに(何のこっちゃ)。

 でも人間は残酷ですなあ。親子丼なんて、いかにも親子の情を表しているような名前だが、要は鶏と卵を一緒に調理しただけ。これは勘違いしないように正しく鶏卵丼と言い換えるべきではないか。たい焼きなんて言い方も、鯛を模している点、それを焼くのだから発想が同様に残酷。これもせめて鯛模様焼きくらいに直す。牛乳ってのも、名前のとおり牛さまのお乳を勝手に頂いているわけだ。もちろん卵も、鶏さんの生んだものを横取りしている訳ではないか。これらも謝意を表して、お牛様恵み乳、鶏様恵み御卵、などとしてはどうか。若鶏の唐揚げも謝意を表して、せめて若鶏様の唐揚げ、などとする。
 ニンゲンは、食べ物にもっと感謝と敬意を表すべきであろう。(何のこっちゃ)
 

子供の頃の思い出

 投稿者:管理人iPad-170,097  投稿日:2020年11月15日(日)11時16分38秒
返信・引用 編集済
   子供の頃の思い出とは、昭和の思い出。テレビや映画、昆虫採集や植物観賞、遠足や遊園地、デパート巡り、いろいろあるが、あの頃の思い出の第一はマンガだろう。アニメも鉄腕アトムやエイトマン、サザエさんなどあるが、その元となったマンガ雑誌こそわれわれの思い出の核であった。自分はもうアトムや鉄人28号が連載されていた月刊誌「少年」が大好きだった(この頃は週刊誌の「少年サンデー」「少年マガジン」が創刊される前後で、まだ月刊誌が中心だった)。あの頃の月刊少年誌には、付録の小冊子が何冊か付いていて、本誌のトップにあった「鉄人」や「アトム」さらには「ストップ!にいちゃん」などのカラーのマンガの続きが付録の小冊子にあったのだ。子供心には、こうした仕組みも嬉しかったのだろう。
 今回、ネットでみつけたのは、「きいちのぬりえ」と「ロボット三等兵」。きいちの方は、少女マンガ誌にあったのか、「きいち」って何?、という疑問があった。後年、作者・蔦谷喜一の名だとわかった。「ロボット三等兵」はどこで見たのか、兵隊の裏話だから、年配の読者用とも思われたが、当方はこのマンガが面白くて、ロボットなのに人間同様の感覚を持っていて、「嫌なこと、いうね」などのセリフにまいっていた(この三等兵:口元に一本の皺があって若くはない感じだった)。前谷惟光という作者だった。

 少女たちが夢中になった蔦谷喜一の「きいちのぬりえ」、と小生が夢中になった「ロボット三等兵」です。
 (ネットでは、このタイトルで検索すると、画像がたくさん出てきます)。

 
 

街の人の観察

 投稿者:管理人iPad -9,900  投稿日:2020年10月29日(木)17時56分10秒
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   銭湯行ってその帰り、「家系最高」という名の中華店で、生ビールと餃子を喫するのは実に幸福感を感じますな~(そんなんでかよ)。西大島のこのお店は、夕方というのにあまり客もおらず(いま一人来た)、ここでこんな書き込みをしているのです(この変な名前の店はチェーン店なのか市ヶ谷駅前にもある)。
 客はたいていカウンター席に座る。当方は必ず四人掛けのテーブルに一人腰かけるのだが(こっちのが楽)、若い客はカウンターを好むようだ(孤独を好むのかと思いきや、二、三先客がいてもカウンターである)。でも当方も勤め人も、夕刻のひと時、こうして自分の時間を楽しむのである。
 しかしこういうお店や喫茶店、そして銭湯などは何より人間観察の場でもある。当方は、朝7時25分発のバス待ちのあいだ、九段下駅のバスストップ前のカフェデクリエで280円のホットを飲むのが日課だが、客も常連が多いが、中に毎朝化粧に励むご婦人が目に留まる。毎度鏡に向かって、アイラインを施しているのだが、電車の中でよりマシだが、ムダなことはやめた方がいい、と何度忠告したかったことか(でも口に出したらアウト)。
 そして銭湯。ここは漱石『猫』でも絶好の観察の場であったように、文字通りはだかの人間が見られる。前は禿頭の爺さんが多かったのだが、今日は若者が多く、どういうわけか筋肉質のカッコいいお兄さんが多かった(中に、入れ墨を入れたおっさんも。何で墨を入れるのと聞きたいが、絶対禁句であろう)。
 しかし街中や電車内での人々を見ていると、年代によるある特徴がある。まず街中を歩く年寄り(大島は高齢者が多い)。最近面白い共通点を見出したのだが、爺さんは帽子が多いということ。キャップというのかほとんど被っている。朝の電車内ではキャップを被っている人はまずいない。高齢者がいないせいか。でもどうして被るのだろう、必ずしも禿頭だからというのでもない。洗っていないのか汚いのに被る。これは単に習慣か。
 またお婆さんは腰が曲がってさらに下を向いて歩く。当方は自転車なので、よけるのにたいへん。ま、だから中の橋商店街などは通らないようにしている。でも彼らはいくつくらいなのだろうか。七〇台ではなく、八〇歳以上かな。
 空いた車内の若い女性はまずスマホである。男性も同様。小生は画面が大きいiPadなどタブレットになるが、若者は目がいいから小さい画面でもいいのか、タブレットがまずいないのは不思議(でも当方は車内ではふつうiPadは使わない。よほど気になったことが思い浮かんで検索する時だけ)。
 また子供についても面白い発見がある。当方は通院の帰り三時頃、団地に着くのだがその頃子供たちを多く見かける。その特徴の第一は、「駆ける」ことである。歩く方が余計なエネルギーを使わないで済むのに、というのは中高年の発想で、子供はエネルギーの発散をするのであろう。最近見かけるのは、片足で駆ける乗り物だ(何というのか)。自転車よりも流行りなのか、特に女の子に多い。でもこれも危ない。彼女らはただ一方通行で走っているのだから(でも面白そう。婆さんの手押し車よりいい。当然か)。
 ましかし、こうした人々は、他人に迷惑になるような人はまずいない。大声を出したり喚いたり、ましてやケンカみたいな言葉を発しているのは、とんと見ない。これはさすが日本人らしさなのか。これが中国や韓国なら喚く人はふつうにいるということだ。銭湯でも、湯船に水を廻している当方に文句を言う人はいなくなった(こっちも気がねしながらカランを回している)。
 しかし、最後に言いたいのは透析室である。患者はみーんな寝ている。どうして寝られるのだろう。当方は寝られないのでiPadをいじるか本を読むか、ボーッと周囲の観察である。でも、これもいい加減つらい。眠られたらどんなにいいか。
 
 

「永遠の出口」

 投稿者:管理人iPad 169,800  投稿日:2020年10月22日(木)11時15分19秒
返信・引用 編集済
   森絵都のこのやや厚めの文庫本、だいぶ前から書棚にあって、このタイトルの意味は何だろうと思っていた。ところが今回、同人誌の特集でこの文庫も手にすることになった。と、このタイトルの意味とともに、実に抱腹絶倒、思春期の子の一瞬一瞬の気持ちが手に取るようにわかって、350ページを読んだのだった。
 で、全九章とエピーローグがあるうち、のっけの第一章に「永遠の出口」があるのであって、そこに本のタイトルの深~い意味も了解されたのであった。
 冒頭から引くー

〉わたしは、〈永遠〉という響きにめっぽう弱い子供だった。
 たとえば、ある休日、家族四人でくりだしたデパートで、母に手を引かれた私がおもちゃ売り場に釘付けになっている隙に、父と姉が二人で家具売場をぶらついてきたとする。
「あーあ、紀ちゃん、かわいそう」
「紀ちゃんがいないあいだあたしたち、すっごく素敵なランプを見たのに。かわいいお人形がついてるフランス製のランプ。紀子ちゃんはあれ、もう永遠に見ることがないんだね」
 永遠にー。
 この一言をきくなり、私は息苦しいほどの焦りに駆られて、そのランプのはどこだ、店員はどこだ、父にすがりついた。ーこの広大な建物のどこかに眠る素敵なランプ。今、みなければ、私は永遠にそれを見ることができない。ー
 両親も気づかずにいたこの弱点〈永遠に~できない〉を見抜いたのは、後にも先にも三つ年上姉だけだった。彼女はそれをあますところなく活用し、様々なバージョンで執拗に私に仕掛けたきた。
「あたし今日、友達んちですっごく貴重な切手を見せてもらったの。すっごくめずらしいやつ。紀ちゃんは、でもあれを永遠に見ることがないんだね」
「紀ちゃん、昨日、なんであんなに早く寝ちゃったの?『水戸黄門』最高だったのに。偽物が登場して、ほんとにそっくりだったのに。紀ちゃんは永遠にあのそっくりさんを見れないんだ」

 永遠に。
 一生。
 死ぬまで。

 年を経るにつれて、私はこの世が取り返しのつかないものやこぼれおちたものばかりであふれていることを知った。自分の目で見、手で触れ、心に残せるものなどごく限られた一部に過ぎないのだ。
〈永遠に~できない〉ものの多さに私があきれはてて、くたびれて観念し、ついには姉に何を言われても動じなくなったのは、いつの頃だろう。
 いろいろなものをあきらめた末、ようやくたどりついた永遠の出口ー。

 ーそうだったのか、本のタイトルはそういうことね。それから主人公の人生も、「出口」をいくつもさがすことになります。
 

千葉三越閉店 の歌

 投稿者:管理人iPad -9728  投稿日:2020年10月17日(土)08時21分40秒
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   各地でデパートが閉店になっていますね。千葉県内でも船橋の西武、松戸の伊勢丹、柏のそごうなど。千葉市内ではパルコに続いて、千葉三越が2017 年閉店になりました。戦前からつづいていた地元の老舗百貨店奈良屋が、進出してきたそごう(千葉そごう)に対抗してその隣りにニューナラヤとして新しい店舗を建て、その後さらに店名を提携先の三越に変えたのでしたが、今世紀になってからは客足は多くなくなっていたようです。もはやデパートの時代ではなくなったのでしょうか(でもそごうは客は減らず、一人勝ちとのこと)。
 デパートは街のシンボル。家族にとって、特に子供にとっては思い出そのものでしょう。このことを歌に歌った動画がありました。屋上からの千葉市の風景も映っていて、なかなかよかったので紹介しておきます。

  https://www.youtube.com/watch?v=NGEUOTREVcU
 

ふたりの永野

 投稿者:管理人iPad -9710  投稿日:2020年10月15日(木)18時15分50秒
返信・引用 編集済
   管理人の永野という名前は、今まで半世紀以上生きていて有名人には出会わせなかったのですが(だいぶ以前に永野重雄富士製鐵社長というのがいた-かなり前やな)、最近二人もこの名前の人がテレビやネットに出ています。きょう、iPadの動画でこの二人を見ましたが、結構面白かったので、ご紹介。
 一人はお笑い芸人の永野。孤高の芸人と言われるそうだが、ゲイになってないかなと思いつつなんとなく憎めない(これも芸のうちか)。もう一人は若手の女優の永野芽郁。こちらはNHKの連続ドラマ「半分、青い」に出た子。まだ二十歳ちょいのようだ。

永野芽郁「天の川は、空に川があるってこと?」
 https://www.youtube.com/watch?v=x6GKQjh8sqo
永野芽郁が会いたかった男Kとついに対面…大号泣!
 https://www.youtube.com/watch?v=M5tPFPID4gU&t=330s

永野 しくじり先生
 https://www.youtube.com/watch?v=7ZK2rJJZH4Y&t=140s
 

都市の風景

 投稿者:管理人iPad -9680  投稿日:2020年10月13日(火)07時49分10秒
返信・引用 編集済
   実は個人的趣味として都市巡りというのがあります。道路を行きながら、向こうのビルや建造物がいろいろに見えてくる。空と地面、そのあいだのものものがいろいろ見えてくるのは、子どもではありませんが、何か新鮮な今というときを生きているという感じ。いまも通院の都バスの九段下から女子医大の靖国通り、その途中の皇居、向こうの九段会館(長い間改修工事だった)、反対の靖国神社、市ヶ谷駅から外濠を下るときの両側の風景(特にここは東京でも最高の場所と思う)、右には法政大学のボアソナードタワーと大日本印刷などの高層ビル、左も最近完成した四ツ谷駅前の高層ビルが、周囲の緑と空の青さに映えて美しい。そして右に防衛省の建物と、その上の大きな鉄塔アンテナが見えてきて、ああこれが北からのミサイルを感知するのか、と時折思う。途中女子高生などの乗車が多く、女子医大前では勤務の医療者も多く下車する(またこの女子医大病院の構内の配置、また病院棟の内部も建物として、特に患者の気持ちを配慮したコンソールタイプといつも思う)。

 昔から建築中のビルがある道路を見るのが好きだった。中学生時代、浅草駅から都電に乗って、浅草橋駅までそこにあった中学校に通っていました(埼玉県草加からいわゆる越境通学)。この都電からの風景が絶品でした。行きもいいけど帰りが似た風景のある二つの行先があって、三ノ輪行きに乗ると浅草駅へは行かない。ぜひとも南千住とある電車に乗らねばなりません。
 地図で見るとわかるように、当時国電の浅草橋駅の高架下の都電停留所から、江戸通りを北上するのですが、途中Yの字形の分岐点があって、浅草へ行かず途中から三ノ輪の方へ行ってしまいます。いま思うと、南千住も三ノ輪も、労働者(あぶれ者も)の街として、下町のドヤ街でしたが、当時の中学生はそんなことより、都電が走る前景が楽しみでした。何かそのYの字の分岐点の風景が自分が降りる浅草駅(松屋)の風景と非常に似ていたのでした。

 そして何より、この浅草駅、東武線の起点たるこの駅と、それがある松屋デパートの建物がすごく好きでした。なんでも昭和六年竣工で(野口存彌さんの生年)、いまに至るも立派に役割を果たしています。Google Earthで俯瞰すると、その直方体でブラウンのビルがいかにも昭和で、あの戦争の戦禍にもよく遭わず、と感慨です。当方が通学していた頃、業平橋駅から浅草駅へ電車が進入するのが素敵でした。何せ隅田川を渡河するのですし、手前の左岸には隅田公園の桜が、向こう岸には今から入っていく松屋デパートの浅草駅があるのですから(その手前には雪印のビルが印象的でした)。特に帰宅時は、3車線あるプラットフォームの端まで行って、当時の日光行きロマンスカーや両毛号を見つめたものでした。

 草加から浅草駅まで行って、そこから都電でしたが、中二の時かな、地下鉄日比谷線が出来て、秋葉原まで直通で行けるようになりました。その年から行き方が変更になって、秋葉原駅から総武線下り方向に一駅歩いて通学することになりました。たまに遅れそうだと、国電ひと区間乗ってました(10円だった)。今度は秋葉原が帰りの寄り道のテリトリーになりました(御徒町や上野まで歩いたことも)。もう懐かしいそれらの土地、Google Earthでよく見ています(年齢はいったけど、科学技術の進歩で、往時に飛んで行ける)。
 

時代をも映す文芸同人誌へ

 投稿者:管理人iPad -9480  投稿日:2020年 9月26日(土)12時42分12秒
返信・引用 編集済
   20日の合評会が終わって一週間になろうとしている。先だっての日曜はなんとか天気が予想に反してもったが、このところやはりずっと雨もよい。あんな残暑の後はぐつつく雨。人事(コロナ)も、自然もなんかうっとしい年である。

 だが、こちらの人事、すなわち文芸誌の刊行は順調だ。十月末〆切に、もう常連の長めの論稿が三本入稿している。書くべき人はこちらがああだこうだといわなくとも、ご自分の仕事をされている。当方は創刊時から原稿集めを気にし、いろいろ呼びかけてきたが、もはや雑誌自体の自動運動(定期刊行)にまかせればいいのではないか、という感じにもなってきた。

 まあそうはいっても、他に見せていく雑誌でもあるから、相応のレベル、水準というのは、編集部でキチッとみておく方がいいか。どうも習作レベルで投稿されて後々いろいろな議論が出てきてしまったのもあったから(特に創作は、小誌の批評系の文芸誌と似合うものがいいと思う。SFとか推理小説などはよほどの問題作でなければ、掲出する意味がないように思われる)。

 自由論考は執筆者それぞれのテーマがあって、引き続きそれを展開されたいが、問題は特集である。よく練れた、しっかりした展望のある特集なのか、議論が分かれるところだろう。それこそ、次号も《平成文学》とするなら、どういう意味を加えたりするのか明確な定義なども、そろそろ出すべきであろう。
 

(無題)

 投稿者:    投稿日:2020年 9月26日(土)08時21分52秒
返信・引用
  件名 新型コロナウイルスを増殖させてるのは、クソダニ米国のAI

拡散文書

【創価の魔の正体は米国のAI(人工知能)】

創価を日本統治に利用してる組織がCIA(米国スパイ、政府)

学会員は頻繁に病気や事故に遭うんですけど、信者は皆、魔(仏罰、現証)にやられてると思ってます

災難が続くと、信者は仏にすがって学会活動や選挙活動に励むので、定期的に米国のAlが軍事技術で災いを与えます

財務(お布施)に関しても、学会活動に励んだら病状が良くなるので、数百万、何千万円ものお布施をする信者がたくさんいます

Alが作った病気をAlが弱めて、あたかも病状が良くなったかのように見せかけ、莫大なお布施をさせる

10年前の創価の財務が年間2,500億円(無税)、1日あたり6億8,500万円

資産が10兆円超え、かつて世界1位の企業だったトヨタ以上の資産額

詐欺国の米国が、軍事技術でイカサマして集めたお金です

頭痛、腹痛、腰痛等の痛み全般、ワキガ等の悪臭、うつ病、認知症、統合失調症、自殺、殺人、事故、火災、暴風、豪雨、地震等、この世のほぼ全ての災いを、米国がAIを使った軍事技術で、秘密裏に作り出してます

北朝鮮を操ってミサイルを打たせたり、蚊を操って刺させたり等、第三者を介した攻撃や

雑菌を増殖させて耐え難い臭いにしたり、蚊、コバエ等の害虫を増殖させた嫌がらせもします

同じ手法で、新型コロナウイルスを増殖させてるのも米国

AIを用いたレジ不要のコンビニ

このコンビニは、人の動き、音声、商品棚の重さ等をAIが調べて、お客が商品を持って出ると、スマホで自動精算されるので、レジが不要

この仕組みからわかる事は、AIは多くの人の言動を見逃さずに、1度に管理出来る

このAIの技術を米国が悪用し、人工衛星を使い、地球上の全ての人を24時間365日体制で監視して、学会員や悪さした人を病気にしたり、事故らせたりして災いを与えます

こんなに大規模な犯罪なのに、世間に浸透してないのは、AIが遠隔から各個人の生活を監視して、生活に沿った病気や痛みを与えて来たから

重い物を持ったら腕に痛みを与えたり、ツラい事があったら鬱にしたり等

スパイの犯行なので、相手に覚られず、私生活に便乗して、違和感を持たせずにやる

【この犯罪の主犯は米国防総省、米国スパイのゴミども】

ピンポイント攻撃するGPSは、米国防総省が軍事目的で開発、管理運用もここがしてます

地球上の全ての人を管理してるAlを使ってスパイ活動するNSA(政府)も、米国防総省の管轄なので、この犯罪は米国による国家犯罪

騒音攻撃に至っては、救急車のサイレンで嫌がらせする為に、AIが遠隔から痛みを与えて病人を作り出しますし、パトカーが付きまといをする集団ストーカーは、Alが警官を操って、いかにも警察が嫌がらせしてるように工作

「救急車、ノイズキャンペーン」「パトカー、集スト」等で検索すると出て来ます

行く所行く所で周りの人が咳払いしたり、くしゃみをしたりする集ストは、AIが被害者の周りの人に周波を当てて、咳払いやくしゃみをさせてるだけです

いかにも集団でストーカーしてると思わせて、心理的な痛手を負わせる

咳をした時の周波数と同じ周波を当てると、人為的に咳を出させる事が出来ます

TBSラジオ90.5MHz、ニッポン放送93.0MHzに周波数を合わせると、これらのラジオを聴けます

これと同じように、周波数を変える事で、意識操作や精神疾患を作り出す

蛍光灯に虫が集まるのは、ある決まった周波数の紫外線に、吸い寄せられてるからです

虫ですら周波で操作が可能

家の中に害虫を呼び込んだり、カラスを屋根の上に集めて暴れさせたり鳴かせたり、犬を吠えさせる嫌がらせ等も、AIが軍事技術を用いてやります

27~38Hzで不眠に、48~55Hzで喘息に、88Hzで片頭痛が引き起こされます

それぞれの病気が、それぞれ決まった周波数を持つ

これらの周波数と同じ周波を当てれば、どんな病気でも作り出せます

周波(波動)は目に見えないので証拠が残りません、だからやりたい放題やる

国が関わって、周波が見えるメガネやアプリを開発したり、周波を見えるようにして、AIでこいつらの動きを監視すれば、この犯罪は激減します

この犯罪を終わらせる鍵は、宗教法人への課税と周波の見える化

https://shinkamigo.wordpress.com
 

呼びかけても応答がない

 投稿者:管理人iPad -9370  投稿日:2020年 9月19日(土)17時06分9秒
返信・引用 編集済
   こちらからいいなと思う人に雑誌への参画、合評会へのご参加など呼びかけているのですが、ご返信・応答がない方もいらっしゃいますねえ。逆に、執筆者の方などは意気盛んで、バッチリ気構えてご参加なさるようですが。
 これは年齢にも関係しますか、年上の友人からの応答がないと、どうしているかな、と思います。

 健康・長寿の三要素として、栄養・運動・コミュニケーション、と言われますが、三番目の人との交流、伝達こそは、一番の大事な要素だと、最近の研究では言われています。実際、当方などは、一日置きに通院、医療者の多くと接触・会話、さらにこうしたSNSで人々とのコミュニケーションを図っていて、透析37年にもなるのに、元気いっぱい、とても七〇歳に見えない、と言われます。
 実際、同人誌に関わっている人は実に長い年月を閲している方が多く、やはり気合が入っているので、いつまでも元気なのでしょう。

 ま、当方は文学一途ではなく、いろいろなことに関心があります。宇宙について、都市空間について、動物や子供への関心、音楽への関心、そして社会や政治、歴史への関心。
 そういう話題で人と話が出来れば嬉しいです。
 長く教鞭を取っていたので、生徒たちとの付き合いもあり(パーティーにも来てくれていた)、また同人執筆者の中には、予備校の同僚だった方もいます。
 

癒しの動画

 投稿者:管理人iPad -9335  投稿日:2020年 9月17日(木)07時15分28秒
返信・引用 編集済
   こちらの板、投稿がないので、ひとつ癒しの絵、でも。

 https://youtu.be/HeQPNYttEbo

 https://youtu.be/1nEWXbduEak

 もう一つ

 https://youtu.be/uqOaoQhCiRw

 https://youtu.be/HZxpiuE4R78

 愛子(まなご)をイヌとかネコといっしょに育てるのはステキですが、汚れたり感染なんてないのでしょうか。
 でも、視聴者の反応に「かわいい」が連発されていて、やはり癒しの図ではありましょう。
 

タイトルと背景色の変更

 投稿者:管理人iPad -9221  投稿日:2020年 9月 8日(火)08時48分37秒
返信・引用 編集済
   突然のご報告で恐縮です。

 当掲示板は、冒頭の説明にもあるように、2010年に設置されました(「群系」永野悟)。長く「関東文芸同人誌交流会の掲示板」のタイトルでしたが、各誌からのご投稿がないので、この際「関東」の語句を割愛、このようにさせていただきました。また、各同人誌の交流の場に戻せたらと思いますが、苫小牧の根保孝栄氏の「全国文芸誌交流会掲示板」が立てられて(2017年 8月 8日)、以来旺盛な管理人の執筆投稿で、読者はそちらにいっていると思われます。一時アクセス数が激減して、板の閉鎖も考えたのですが、せっかくあるので、またの機会まで管理人がいろいろ投稿しています。ナガノ 拝

 過去ログから
 https://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs?page=5&
 

故人のブログはどうなるか

 投稿者:管理人iPad -9180  投稿日:2020年 9月 5日(土)19時34分40秒
返信・引用 編集済
   こうした掲示板(SNS)や個人のブログは、その設立者が物故した後はどうなるのだろう。
 もと「群系」誌の同人でもあった安宅夏夫(1934-2020)氏の場合はそのいい例であろう。下のリンクの「安宅夏夫のBLOG」は生前からそれほど知られていたものではないが、氏の没後も廃棄されることなく、存続している。これ以外に安宅夏夫のホームページもあったが、これは生前にこれ以上継続できなかった故か、削除されている。
   安宅氏自身がこうしたブログを設置したのではなく、誰か若い人に作ってもらったようだ。でも、同人誌主宰者ならともかく、一人の書き手が苦手なインターネットのツールまで使って、自分を顕示したかったのはある意味、すさまじいことだ。でも書き換え、更新などを、身内の方(奥様など)にも言い伝えておかずに逝ったのは遺恨が残ろう。

 さてこれらの始末であるが、設置者以外に善処出来るのであろうか。ちなみに、群系のホームページなどは取り持ちプロバイダのさくらインターネットさんに、月々の費用が払われなくなるので、自然消滅だろう(設置者のパソコンにはそのHPの元は残っているが)。だが、このteacupの掲示板やYou tubeなどは無料なので、設置者が廃棄しないといつまでも残るのだろうか。
 ※ 最近、以前勤めていた日本音楽高校から電話があって、当方がYou tubeにあげた同校のPRビデオを削除してくれませんか、という依頼があった。自分も知っている教え子の姿もあった以前のものだったのでアップしたのだが、個人情報にあたるので、ということであった。アップは毎度やっているが削除は初めて。でもID、パスワードなど入れて本人確認をすれば、削除は簡単だった(でも、この動画がいいという人が6人もいたのに、残念ではあった)。

 https://blog.goo.ne.jp/ataka720/arcv
 

『源氏物語』と近代文学

 投稿者:管理人iPad 8975  投稿日:2020年 8月23日(日)11時26分23秒
返信・引用 編集済
   ちょっと一休みで(そんなに同人誌紹介作業、果たしてませんが)、前に投稿した古典に関する拙文、再度アップさせていただきますね。「古典を読む会」立ち上げに資する一つとして(誤字など、訂正を入れました)。
 (「読む会」は、まだまだ個人的な提案にすぎません)。

           ◯

『源氏物語』と近代文学、似てるところ  投稿者:管理人 投稿日:2009年 5月 5日(火)14時04分

 『源氏物語』の巻き巻き、あるいは登場人物をみていると、ふっと、近代文学のそれに似ているなあ、と感じることがある。もちろん、『源氏』の方がはるか先にできているのだから、〝真似〟や影響は、近代作品の方に決まっているのだが。


 最初にふっとそんなことを思ったのは、30巻での「藤袴」の巻で、あんなに美しかった玉鬘が、夕霧など相応の男性の言い寄りものけて、また宮中への入内をも断って、いちばんありえない髭黒の大将と結婚してしまったことだ。玉鬘も当初は好きでなかったというのに。
 玉鬘といえば、源氏の友人頭の中将の遺児、それもあの不幸な死に方をした夕顔と間の遺児であった。なぜ、北九州の方ですごしていたんだか、理由・委細は忘れたが、いずれにしても多少の不幸な境遇は否めない。しかしこの玉鬘の美貌は多くの人を魅了するほどであった。父探しに都に来たのであったが、ある日行列なんかで見た実際の父親は、養い親の光源氏にだいぶ劣ってみえたのでがっかりしたこともあった。またあろうことか、彼女の美貌はその養いの父親になっていた光源氏も、彼女に一方ならぬ想いを寄せることにもなった(有名なのは「蛍」の巻で、たくさんの蛍が舞う中で玉鬘の顔が一入、美しく照らし出されたシーンであろう)。
 でこの女主人公、とそれをめぐる人物の顛末が、当方には堀辰雄の『菜穂子』に似ている感じがする。不幸なおいたちゆえか、母との確執から逃れるせいか、一番その結婚相手とふさわしい都築明とでは、なく東京のずっと年上の資産家と結婚してしまう(この顛末に、初めて読んだときに、ああこういう道行が近代小説なのだ、なと妙に合点したことがある)。ファザーコンプレックス、と一言では言い切れない、結婚という一段落をめぐる不思議な結末である。

 次に思うのは、結婚どころか、異性にたいして臆するところのある男性の話で、これは《宇治十帖》の薫がそれにあたる。友人の匂宮の行動的なのに対して、マジメな勉強家であるとともに、どこか生存の影をしょっている(ま、自らの出生の秘密も抱えていたのであるが、それはともかく仏道で敬慕していた宇治の八の宮の處についに相談しに行く)。宇治の八の宮は、桐壺帝の八番目の宮で(源氏の実弟でもある)、由緒正しいのに皇統から離れ、仏道にいそしんでいたその姿が、求道の薫にぴったりだったのだろう。出生の秘密とは、源氏の実子とされるがそうではなく、光源氏の後妻・女三の宮と柏木との密通によって生れた宿命の子である。光源氏自身もそのことを知って、若い時代の藤壺との過ちを想起し、叱るどころか、苦悩している(ま、そのうぶな薫が、八の宮の娘たちを見初めて、劇を織り成しているところに、また『宇治十帖』のおもしろさはあるのであるが)。
 過去のあやまちを思い、悩んでいる主人公がでてくる近代作品ですぐ思いつくのは漱石『彼岸過ぎ迄』であろう。そこに出てくる須永市蔵がぴったりである。97年のセンター試験にも出題された作品だが、須永にはまず出生をめぐって、子供心に陰をさすところがある。父の死ぬ直前、「市蔵、おれが死んでも、お母さんを困らせるんじゃないぞ」といわれたが、もっと不審な気持ちをそそる言葉は葬式の時の母の言葉だ。「ね、お父さんがいなくなったって、今までどおりお母さんが良くしてあげますからね」。こんな、わざわざいわないくてよいことをいわれたために、却って、少年時代から、「僕は自分の親にたいする疑念が生れた」という須永市蔵。実際に、暗くなるべく生い育つ市蔵は異性との付き合いにも躊躇があった。親戚(いとこ筋)にあたる格好のフィアンセになりうる千代子を前にしても、愛しているのにそのことをいえない。のみならず、とてもじゃない独白(告白ではない)をするのだ。「僕は、物事に恐れを知っている。そんなんでことにあたって、どんなに二の足を踏んできたか。が、千代子はそういうことを知らない。屈託のないお嬢さんだ。僕の苦労を彼女にかけてあげたくはない」(具体的な会話内容は当方の思い出し・作成なので、関心の或る方は原文(=青空文庫)で確認されたい。
 要するに、薫も市蔵も、人生の裏面に敏感すぎる男である。だがその陰影が漱石先品にどんなに知的な奥行きを与えたか、『源氏物語』がただの〝栄華物語〟に終わってないか、を証左するものである。

 こういうことを書いていくときりが無いが、この薫の形象、あるいはかれが後の面倒をみる柏木(恋心の不義の罪障で死んでしまう)、このふたりの暗い人物に対して、健康的で好男子で、かつ思慮深い常識家であるのが、夕霧であろう。かれは柏木の死んだ後、その後始末をし、未亡人(落葉の宮)を弔問している。また、紫の上の一周忌を迎え、いまだに悲嘆にくれる父・光源氏をも慰めても居る(41巻「幻」の巻)。 もちろん、夕霧も普通の人情を持った男、父の後妻・紫の上をひと目見ただけで、魅了され、玉鬘が好きになり、友人の未亡人の落葉の宮を慕うようになっていく(そのことで、恋人の雲居の雁はたいへん立腹、里へ帰るなどしている)。でも、社会人として、人情のあるまっとうな青年として、夕霧の行動・心理はごくまっとうなのではないか。常に、周囲を冷静な目でみているし。
 この夕霧に相当するのは、漱石『行人』に出てくる、主人公長野一郎の弟・二郎ではないか。兄さんの大学教授は物事にすべて懐疑的で、実は妻の愛情をも疑って居る幸薄い男だ。なんでも自分の思うようにいかないとすまない癇癪持ちの彼は、時に妻をなぐる。しかし、「弱い子羊を打つ自分の卑怯さ」も知っている。作品は、ジレンマにはさまれた知識人のありのままを描いた傑作といえよう。
 貞操を疑われた奥さんと〝探偵〟を仰せつかった、弟・二郎は或る暴風雨の夜、和歌山の温泉の寝間で、彼女(兄嫁)に告白されてしまうのである(「私はかまわなくってよ」)-。嵐の晩の一夜のこのせりふほど、夫婦の隔絶と義弟への救恤(求愛)をしめした處はないであろう(漱石嫌いで、有名な正宗白鳥も、このシーンを「女の描けない漱石が始めて描けた」といっているそうだ。

 この夕霧が義母である紫の上を始めてみてあこがれるシーンは、場合によっては大岡昇平『武蔵野夫人』の戦争からの帰還兵・勉に擬せられるし、あのおとなしい美貌の夫人・道子を紫の上になぞらえていいのかもしれない。
 また、柏木(36巻)・横笛(37巻)・鈴虫(38巻)・夕霧(39巻)あたりの、柏木の道ならぬ恋、それを見る夕霧の構図は、少し違うが、漱石「それから」の代助が相応しようか。人妻である三千代を想うあまりに、なんども人の家のあたり(これはむろん三千代の夫である平岡の家)をへめぐる場面に似ている。このシーンはまさしく〝恋〟だ、と読んだ時思ったものだが、気になる人のことは寝てもさめても想い募るもので、明治のあの〝姦通罪〟のあった時代に、代助はついに、彼女を〝奪婚〟する。そして、この自然の情をとおしたばかりに、二人は世間からのバツとして、次の作品(「門」)で宗助とお米は〝崖下〟の家に住み、奪婚された友人の影に怯えて暮らすのである(柏木の場合、は、いわば中宮にあたるような女性を、たまたま横顔を見ただけで重症の恋の病に陥り、世話になった源氏様にすまない、すまないとして、なんと死んでしまいます)。ま、物語の展開上、そうしなくてはならないかったにせよ、ちょっと強引?

 さらに、以下はほんの印象ですが、源氏が5巻「若紫」の巻きで、わらわやみに病んで北山の大徳に診てもらういわば、入院の後半、かわいらしい少女にあいますね。祖母らしき人と一緒に、雀の子をともだちが逃がしたと行って、泣いているシーン。教科書にもよく載っていた可憐なシーンですが、これは、〝垣間見(かいまみ)という、垣根から家の中、庭などを見る場面ですが、これと似た近代の小説では、室生犀星の『性に目覚める頃』、その〝お賽銭泥棒〟のシーンに、似ていますね。両方とも、今日では軽犯罪法違反ですが(無粋な名だこと)、美しいものをのぞこうとするのは、『古事記』や、民話「鶴の恩返し」にしろ、普遍的な物語の行いです。
 あと、源氏が須磨で配流されて暴風雨に遭ったときあがありましたね、そのとき父王(亡き桐壺院)の亡霊が出て道案内して、無事、明石の土地に漂着しましたね。あの導きも、「ハムレット」にある父王の導きのシーンにそっくりですね。
 また、前後しますが、柏木が自分の実の妹と知らず、玉鬘を慕うところは、三浦綾子『氷点』に少し設定が似ていますね(あっちは、ほんとの兄妹ではないのだから、恋愛はできるはずなのだけれど)。
 また、薫の出生の秘密ということだけでいえば、志賀直哉『暗夜行路』にもモチーフが似てないこともない。


 ま、『源氏物語』の直接の影響は、あの頃の、源氏亜流物語群や、中世王朝物語などに、むしろ色濃い影響はあるのですが、断続しているはずの、近代・現代にも通じるところをエッセイしてみました。(^^;)(>_<)(^o^)^^;<(_ _)>(-_-;)

 初出  https://8614.teacup.com/snagano/bbs?page=492&
 

各地の同人誌の紹介

 投稿者:管理人iPad 8905  投稿日:2020年 8月20日(木)07時34分42秒
返信・引用 編集済
   この関東同人誌交流の掲示板で、当方「群系」の会宛てに来ている各地文芸同人誌、詩誌などを紹介すべきですが、なんせ表紙をPCにスキャンし、パソコンから目次などを書くとなると、管理人の体力からしてなかなか難しいので、それをやるに至っていません。苫小牧の根保さんのように、作品評までやるとなると、雑誌主宰者で、同人会員に募集要項や投稿を塩梅したり、また何より次号特集の平成文学を読んでいく身、なかなか出来ないのであります(当方、他にもいろいろ興味がありまして)。
 前にはこの板も、多くの各地の同人誌の方々の投稿などありましたが、ほとんど休刊(休板)の状況となって長く、一時は閉鎖した方がいいとまでも言われてました。一日に数件の閲覧しかない現況ではそういう意見も出ましょうし、そうした各地の同人誌の紹介なら、一日に100~200のアクセスがある群系掲示板に掲出したほうがいいかな、と思います。
 また小説ばかりの同人誌はタイトルだけの紹介なら人の興味もあまり引かないでしょうし、掲出紹介するなら、批評・評論中心の『構想』(長野県東御市・崎村裕氏)や、『人物研究』(千葉県松戸市・田中徳雄氏)などになりましょうか。さらに前世紀に刊行していた雑誌(『みとす』)の後継である『陸(ろく)』(足立区・吉田憲恵さん)や、詩誌でもある『木偶(でく)』誌(相模原市・仁科理氏)などくらいですかね。
 最近大和田茂さんから贈られた『星灯』(調布市)なども重要な論考もあって推薦したいですね。

             ◯

 やはり、目次だけでも紹介しておきますね。

『構想』(長野県東御市・崎村裕氏)    2020年7月  第68号
  エッセイ  大石内蔵助の「虚実皮膜」           陽羅義光
  小説    夢ちゃん海                  嶋田貴美子
  連載    中期の幸徳秋水(10)                                                    崎村 裕
  連載    帝国主義ー支配と抵抗  ー西欧精神史7                 雨宮湘介
  藤田愛子さんを悼む                    崎村 裕

※ 前から、この雑誌の孤高・傑出を「群系掲示板」で述べてきましたが(検索)、後記によると今号で休刊となるそうです。1984年創刊、以来三十六年間、そのあいだに同人の老齢化・物故が続き、主宰の崎村氏も不調だとのこと。しかし、氏の「幸徳秋水」論(今回は、大逆事件の二年前の「赤旗事件」を扱う)はたいへん貴重な資料・論考であり、これこそ取り上げるべき同人誌と思います。
 https://8614.teacup.com/snagano/bbs/11945

 https://8614.teacup.com/snagano/bbs/smartphone/index/detail/comm_id/7499/?



『星灯』(調布市)           no8.           2020.6
  小説    ココロ                    渥美二郎
  小説    ボクノラネコン                野川 環
  詩     風が通りぬける                山口あさひ
  批評・エッセイ
  弁天開帳ー志賀直哉「襖」の向う側             島村 輝
  一九一八年米騒動と戦後小説(下)
    ー堀田善衛『夜の森』と城山三郎『鼠』をめぐって    大和田茂
  三・一独立運動100年の韓国への旅            金野文彦
  津田青楓と河上肇ー夢やぶれて山河あり           佐藤三郎
  山小舎の文学散歩ー池波正太郎、井上ひさし、藤沢周平    本庄 豊
  「健全なセックスワーク」はあり得るのか          紙屋高雪
  『日本文学史序説』をめぐってー加藤周一論ノート(7)                北村隆志


 寄贈いただいた大和田茂氏の論考はたいへん興味深く、タイトル通り、1918年の米騒動(この頃スペイン風邪猖獗)とロシア革命の干渉であるシベリア出兵と、戦後作家の関係性が書かれている。
 冒頭の切り出しからして、興味深く、検索がてら読んだ。

  〉堀田善衛『夜の森』(1955年3月刊)は、松尾勝造の『シベリア出兵日記』(1978年刊)を素材としている。

 この「埋もれた日記」を世に出す役割を果たしたのは作家の高橋治、とあって、早速検索したが、直木賞の大衆作家の幅広い活躍と同時に、シベリア出兵(戦後のシベリア抑留とは別個)のことにも関心を持った。この出兵に関しては、当時黒島伝治(1898ー1943)がいて、シベリア出兵を日記に松尾以外唯一残した兵であるとし論の中で松尾のと比較している。(『渦巻ける烏の群』(昭和3年)は、近代戦争文学の先駆とされた作品)。
 堀田善衛『夜の森』の巣山はこの松尾兵をモデルとしているが、シベリアに来て、徐々に出兵(戦争)の本質、実態を肌で感じはじねていく。巣山は堀田が作り上げた造型であるが、シベリア出兵の深くて「暗い森」を見つめている。ー

 戦後に書かれた米騒動を扱った代表作品として、城山三郎の、『鼠ー鈴木商店焼打ち事件ー』(1966年4月刊)があるとして、紹介する。鈴木商店は神戸に本社を置く総合商社であったが、当時いわゆる成金、の典型とされたが、作者城山はそこに疑問を付しながら書いているようだ。米価の高騰に対して富山の女房たちが騒動を起こし、価格吊り上げの元凶として新聞が鈴木商店を実名報道し、結果神戸の本社が焼打ちにあった。だが時の寺内正毅内閣は内政をおいて、戦利を目指してシベリア出兵を行ったとかいうようだ。
 時代とまた地域をまたがった論で、視点からして良かった。



※ ついでに、根保さんへの反論を書いた、“純文学”論の、投稿(小生の)がありました。2013年の当板です。
 https://8614.teacup.com/snagano/bbs/5830


 

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