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「海」94号(三重県いなべ市)② 読ませる歴史と風土を描いた国府正昭「赤須賀船異聞」、宇梶紀夫「筏師」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月27日(土)21時28分20秒
返信・引用 編集済
  ・紺谷猛「終点まで」は、電車で不思議といつも隣り合わせになる二人・・それぞれ病院にかかることになるのだが、身元保証人や手術の同意書などの問題をクリアしないと一人住まいの者は入院も手術もできない・・その手続きにしぼっての例をガイド的に書いているところが面白い。電車でいつも隣り合わせになるのに、会釈だけで別れる二人の背負った病院問題・・・というスポットの当て方はユニーク。

・白石美津乃「青い糸」は、さと子がテレビを観ていると、昔ホテルに勤務していた若い頃、一時付き合っていた役者の寺澤が朝のワイドショーで映っていた・・。その寺澤と付き合うようになったいきさつと別れの次第・・。良くある話ながら、男女の微妙を女の目線から書けている。

・南柊一「交差点」は、高校時代の同級生に久しぶりに偶然出会ったその出会いと、あっけない友人の死。その運命の偶然と必然を両方の視点から交互に描写する手法を選択した作品は人間の運命を考えさせられる。

・国府正昭「海原を越えてー赤須賀船異聞」は、人生最後の遠出に、紀和は、記憶の中にだけ生き続けている七十数年前の清太の顔だちを思い出そうとしていた・・・。その清太の目線から、赤須賀の漁村と日独伊三国同盟時代の生活を描写する内容は、ひとつの時代を再現する意味で貴重な作品たりえている。

・宇梶紀夫「筏師」は、寛保二年(1742年)、高原山で伐採した木材を筏に組んで鬼怒川を流れ下り、目的地に運ぶ筏師の話。当時の木材事情、山奉行から許可をもらって、請負組織の仕組み、伐採から収入の分配など当時の林業の在り方を明らかにしながら、村人の生活、運命を語る内容は、暴れ川の鬼怒川の歴史とともに注目すべき作品になっている。

   ・暴れ川と言はれし鬼怒川筏師の運命語る作品読みき   石塚 邦男
 
 

Re: お言葉に感謝

 投稿者:合田 盛文  投稿日:2017年 5月27日(土)19時19分17秒
返信・引用
  > No.1912[元記事へ]

合田 盛文さんへのお返事です。

> 高岡啓次郎様
> こ理解のある温かなコメントをいただきまして有難うこざいました。お言葉に励まされて、文藝同人会の健全な発展と作家を目指す人々やその周辺の人たちのために、これからも臆することなく、言うべきことは言っていきたいと思っております。“よい作家、よい評者になるには、まずよい人間たれ”と叫びたいのが、今の心境です。これからもよろしくお願い申し上げます。多謝。
 

お言葉に感謝

 投稿者:合田 盛文  投稿日:2017年 5月27日(土)19時14分49秒
返信・引用 編集済
  高岡啓次郎様
こ理解のある温かなコメントをいただきまして有難うこざいました。お言葉に励まされて、文藝同人会の健全な発展と作家を目指す人々やその周辺の人たちのために、これからも臆することなく、言うべきことは言っていきたいと思っております。“よい作家、よい評者になるには、まずよい人間たれ”と叫びたいのが、今の心境です。これからもよろしくお願い申し上げます。多謝。
 

文芸同人誌「海」94号(三重県いなべ市)① 久保修「詩人 清岡卓行論」優れた詩人の足跡と詩風を紹介

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月27日(土)10時39分0秒
返信・引用 編集済
  ・この雑誌に久保修が「詩人 清岡卓行」という評論を書いている。この雑誌の執筆者は、いずれも孤高の優れた作家、詩人でポット出の書き手とは次元の異なる書き手であることでも知られている。

・久保氏は、「ユリイカ」から出版された清岡の詩集「氷った焔」という詩集の題名に魅かれたという。氷と焔という矛盾した言葉の組み合わせに魅かれ、これが後にランボーの「イルミナシオン」を読んだ時、<焔と氷の天使たち 陶酔の午後>という詩句に出会い、このイマージュだったのか、と気ついたと記している。

・このような逸話から説き起こす清岡卓行論なのだが、清岡の特徴として、彼ほど自作について丁寧な説明をしている作家を知らない、と久保氏は言っているが、清岡のこの特質は、彼の親友である大岡信にも共通したもので、大岡の朝日新聞に長く連載された「折々のことば」の仕事でも、いかんなく発揮されている。では、清岡の詩作品とは、どのような色合いなのだろうか・・。

      「氷った焔」

    朝
    きみの肉体の線のなかの透明な空間
    世界への逆襲にかんする
    最も遠い
    微風とのたたかい

    きみの白い皮膚にはりめぐらされたそこびかりする銃眼
    すでに氷りついた肉の焔たちの触れあう響き
    弾丸も煙幕もない武装の詭計
    君だけが証人である
    みじめな勝利
    きみはまだきみが信じた君だけの絶望に支えられている
    きみが病患の中に装填したものはほんとうは
    もうひとつの肉体の影像
    世界への愛
    希望だ

・久保氏はこのような清岡の作品を紹介し、「この詩集は、当時の若者に大きな影響を及ぼした」と書いているが、事実、この詩集が出版されたのは、1959年の2月で、1500部限定というものであったが、当時の詩誌や週刊読書新聞などで詩人、評論家が大々的に取り上げて絶賛されたのも安保問題に喧噪した時代であったためか。この頃、大学のペンクラブの部室で、詩を書く友人の一人が手にしていた詩集を読んで、私もショックを受けたことを、今もありありと覚えている。

・彼を有名にしたもう一つのエピソードは、終戦直後、逗子の海岸で入水自殺した東大生の原口統三から、篤い信頼と尊敬を集めていた先輩、後輩の関係で寮生活が一緒であった。原口の遺作「ニ十歳のエチュード」に出てくる「清岡さん」というのは、清岡卓行のことである。この遺作は、発刊されてベストセラーになったが、清岡は、戦後二十年経って、初めて原口のことを「海の瞳」という小説で書いている。戦局が激しくなって、日本の未来に暗雲が立ちこめた時期、もう一度生まれ故郷の大連を一目見ようと、昭和十八年の三月、清岡と原口は船で大連に帰国するのだが・・・小説はこの船で帰国する場面から始まる・・・。

  ・故郷の大連を見んと船に乗る若き清岡と統三の悲痛  石塚 邦男

   郵便ー511-0284  三重県いなべ市大安町梅戸2321-1

           tel.fax 0594-77-2770
 

なつかしいです

 投稿者:高岡啓次郎  投稿日:2017年 5月27日(土)09時10分30秒
返信・引用
  四年くらい前でしょうか。私も一年半くらい盛んにこの掲示板に書き込んでいまして、時には根保さんとやりあったものです。そのときは掲示板のアクセス数がすごい数になりました。熱い論争はけっこうな読者が注目していたのでしょう。合田さんが現れて思わずなつかしく感じてしまいました。私もさんざん根保さんには切られましたが、あれから打たれ強くなって誰に何を言われても平気になってしまいました。合田さんにもいろいろなお考えがあることでしょう。大いに書いて掲示板を盛り立てて下さい。読者が公平に冷静に判断しますから。根保さんは幾らでも受けて立つと思いますよ。そのうち見えてくるものがあり、その論争から読者は恩恵を受けるかもしれません。  

作品は俎板の鯉 読者は残酷なものです。

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月26日(金)16時12分21秒
返信・引用 編集済
  ・付き合うほどのことではないのですが、合田氏に一言・・。

・自分の作品は、発表したからには、どのように読まれようが、俎板の鯉でなくてはならない。
それが作者の覚悟というものです。
自己弁護は次作で傑作を書いて応えるように願います。作品は自己採点するものではない。
分かってないようですね。
自己弁護は自由ですが、この物書きの世界では俎板の鯉は常識です。

・俺は傑作書いたのに、何イチャモンつけるのか・・
なんて調子ですが、ま、三年ほどで十作ほど修行すれば見えてくるものがありますよ。
長沼氏の作品に比べると、かなり次元が低い作品であることが理解できるでしょう。
企業小説という分野がありますが、それでもないし、
だいたい、これまで作品書いたことがあるのですかね。

・この作品は、残念ながら、単なる<銀行屋の報告>ですね。
城山三郎などの企業小説読んだことあるのですか。
多分、ご自分では自己採点ではかなりな評価を期待
なさっているみたいですが、私以外の評者がどう裁定するか。
多分、ほとんど無視されるのがオチでしょう。

長沼氏の作品の良さと欠点が理解できないとなると、
ご自分の作品に対する客観的評価は現状では無理でしょう。
三年ほどで10作ほど書いたら、その意味が理解できるでしょう。
この文章では、残念ながら、康成を理解しているとは、とても思えません。
読者は、私に限らず、残酷なものです。

私は行き掛かり上、感想書きましたが、
本来なら、この作品は批評には値しないとしてスルーパスしてます。
合田さん、試しに「弦」の感想をこの欄に書いてみてください。
作品の読みの程度がそれで理解できますので、遠慮なくどうぞ。

   ・ご自分がいかほどの者と思ひしや汝自身を知れとぞ聞けり  石塚 邦男

 

お答えする

 投稿者:合田 盛文  投稿日:2017年 5月26日(金)14時07分6秒
返信・引用
  拙作「ミンシングレーン1~16番地」(ミッシングではありませんのでお間違えなく)は、イギリス文学における「Fictional Essay(創作エッセイ)」または「Memoir(回想記)」を念頭に執筆したものです。わが国には、創作エッセイというジャンルはなく、また、主人公を三人称にしているので、既存のジャンルに当てはまらず、このように問題提起されるのは理解できます。しかし、作品の評価は、そもそも、ジャンル不明といった形式論ではなく、中身でなされるべきではないでしようか。司馬遼太郎の『ひとびとの跫音』『草原の記』『木曜島の夜会』などは、小説かエッセイか紀行文かジャンルは不明確ですが、いずれも名著であります。拙作も、ジャンル不明のそしりを覚悟のうえで、滝沢純三という、ある、リピート、ある銀行員の海外勤務と生活を通じて、若干の創作を交えながら、日本の銀行の国際化の一齣とイギリス経済衰退の一断面を書き留めた次第であります。
 

私の短歌のこと

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月26日(金)12時38分37秒
返信・引用 編集済
  ・雑誌を読んだ後、全体的な感慨を一首にして記しているが、
別に短歌を作ろうなんて意識はなく、
思ったことを一言で言う・・という意識でいつも即席で作る。
日々の出来事を、短歌で箇条書きする習性があるので、
ポッと浮かんだまま、一首にまとめているのである。

昔からの手順にすぎない。
古くは、宮廷人は旅に出るとき帰ってきたとき、
その都度、無事を神に祈る意味で一首を作った。

巫的な立場、というのではないが、
言葉は邪を払う祈りの意味がある。言霊信仰である。
作家、詩人は少なくとも言葉を信じ、言霊を信じる存在でなくては。
言葉は、単なる手段ではない。言葉の霊性を信じるのが作家・詩人であろう。

言葉をみだりに並べてはいけない。
言霊はそれ自体が力を持つ存在であると自覚している。
そして、物を書く者は、みだりに言葉を乱用しないことだ。
濫用していると、言霊に復讐される。

また、自分の荒ぶる心を鎮める効用も意識している。

   ・言霊の気配を常に感じつつ眼(まなこ)閉じれば潮騒の音  石塚 邦男
 

弦101号 批評御礼

 投稿者:市川 しのぶ  投稿日:2017年 5月26日(金)10時54分25秒
返信・引用
  100号に続き、101号作品のご批評有難うございました。
広くお読みいただけることで、同人一同何よりの力となります。
私は特に、終行に書かれているお歌を、大変楽しみに致しております。
6月には中部ペンクラブの総会・講演会・中部ペンクラブ賞表彰式・懇親会等がございますので、よろしくお願い致します。
有難うございました。今後とも『中部ペンクラブ』『弦』を宜しくお願い致します。
 

「弦」101号(名古屋市) ヒューマニズムに支えられた問題作は長沼宏之「普通の人々」、 筆力あるがジャンル不明な合田盛文の「ミンシングレーイン1‐16番地」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月25日(木)16時17分32秒
返信・引用 編集済
  ・北九州、名古屋地区は独自の文学活動を行っている地区として有名だ。名古屋は「中部ペン」という名古屋地区の同人雑誌をひとつにした活動拠点を持っているし、北九州は「九州文学」という拠点を持って同人雑誌活動を支えている。要するに、手堅い地方文壇を形成して同人誌活動に刺激を与えるシステムを作っているということだろう。
今号は小説八編。

・長沼宏之「普通の人々」は、養護施設で育った浅倉由美に新聞社から連載企画をしたいので、インタビューに応じてくれと依頼があり、受けることにした。由美は家庭の事情で養護施設に育ちながら、保育士として立派に一人立ちしているが、この由美の半生を自分語りする内容。父は仕事場の人間関係でつまずき母親に毎日のように暴力をふるうようになり、母親は家出してしまう。このため由美は小学校二年生のとき施設に入って育った。五年生の時、里親に引き取られて仮親に育てられる・・。その由美が保育士になるまでの紆余曲折なのだが、ヒューマニズムに支えられた筆筋が感動を呼ぶ。問題作である。

・白井康「又右エ門」は、木下藤吉郎の妻になった「おね」の養父である又右エ門を主人公にした話は、手慣れた筆遣いの25枚。

・岡田雪雄「初夏の陰り」は、失恋した中山が萩原に相談に来たのだが、帰り際に新品の靴が盗まれてなくなっていた。戦争が終わって十年ほどしか経っていない頃のことである。二人は大学時代の英文科で一緒だった。青春物語である。

・市川しのぶ「猫・猫・猫」は、ネコにまつわる小話の掌小説10幾編を集めた40枚の構成。猫好きには作者の色々な視点が楽しめるだろう。

・山田實「茸(くさびら)物語」は、名古屋弁の一人語り風の構成で、30年ぶりに会った相手に先祖ゆかりの話を語りかける色合いが新鮮で面白い。

・木戸順子「ある日の自画像」は、ベテラン作家の日常的な話なのだが、チラシの新しいアパート風の納骨堂の写真に引かれて見に行ったエピソードから始まる内容は何となく読ませられた。

・合田盛文のエッセイ「ミンシングレーイン1ー16番地」は、銀行に勤めていた滝沢がロンドン支店長代理として赴任することになり、初めての外地勤務に奮闘する滝沢・・・という話なのだが、私小説風のドキュメントにも読めるし・・つまり、本人は小説のつもりで書いたのだろうが、編集部はエッセイと捉えて掲載した?のか・・・滝沢という主人公を設定してあるのに「エッセイ」もないだろう・・などなど読者にもジャンル不明の、それこそ<ミッシング>に受け止められる内容。文章はしっかりしているにしても、エッセイなのか私小説なのか自分史的ドキュメントなのか・・・作者にジャンル仕分けの思想がなかったのか・・・不明な40枚であるので、問題提起してみた。

・エッセイとは、小説とは、ドキュメントとは、自分史とは・・ジャンルを明確に捉えて書き出さないと、ジャンル不明の<ミッシング作品>になる。初歩から学んでほしい。文章力はある程度ある作者で細やかな描写もまあまあの作品なので、ジャンルさえ明確に把握できたなら、ある程度の佳作を書いてきそうな筆筋である。この作者、確か以前にも米国だかの銀行に赴任した作品を書いていたのではなかったか・・違うかもしれないが、そんな記憶があるが・・・どうか。数を読んでいるので、よほどの秀作とかユニークな作風でないと記憶に残らないのである。本来、取り上げる作品ではないのだが、問題点を指摘する意味で取り上げた。

   ・行く道の番地不明に戸惑ひて幾度も紙を読み返し見つ   石塚 邦男

    名古屋市守山区小幡中3丁目4-27 中村賢三方

     電話・fax  052-794-3430
 

バカバカしくて

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月24日(水)13時35分6秒
返信・引用 編集済
  ・怒ってなんかいません。
稚拙な意見に怒る気にもならないですよ。
バカバカしいだけです。
子供に対して諭したようなものです。

    ・ひと言に立ち止まりたる夕暮れに野鳩の一羽飛び立ち行けり  石塚 邦男
 

合田さんへ

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 5月24日(水)09時20分43秒
返信・引用 編集済
  「川端康成を読んでいて、プロとアマの相違を痛感する」と投稿されていますが、これはどういうことなのでしょうか。文学同人誌の小説作品はその内容と技法の高低の落差はもちろんありますが、川端と素人を比較して「だめだなあ」と慨嘆するのは内面にとどめおかれたほうが良いと思います。そういう発言は無意味なものです。

そのへんは根保さんもよく心得ているところで、プロと比較してダメと思われない「なにかしらピンとくる」ものを、その梗概からはじめて解説しながら、どの点がいいのか、どのようにいいのか、を根保さんは「批評」の原点の形式で語られています。発言するということの意義がそこなのです。

以前にも書きましたが「掲示板は公開の場」。そこで悪口やら誹謗中傷はだめですよと管理人さんも言われています。したがってそうならぬためには、根保さんと異なる視点で、その作品のどの点がどのように弱いのかを理路をたどって語られたほうが、批評される作者にとって「これからの肥やし」となるのではないでしょうか? そのためのこの掲示板だと私は思う。

 

ご立腹のこと

 投稿者:合田 盛文  投稿日:2017年 5月24日(水)07時14分32秒
返信・引用
  私の「物申す」は、貴殿の書評に対して、私の読書感をを率直に述べただけであり、悪意など微塵もありません。こんなにお怒りになるのは、私の指摘が正鵠を得ているからでありましょう。脅迫めいた、あるいは、侮辱的な言辞は、お差し控えになったほうがよいのではありませんか。  

意見は意見として

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月24日(水)02時09分19秒
返信・引用 編集済
  ・文芸時評に悪意を持ち込んでは批評にはならない。
異なる意見なら異なる意見として、
自説をきちんと組み立てて述べなくては。
それがこの道の常識だ。

単なる文句、気に入らないなら、直接私に言っていただきたい。
住所、電話番号先に書いてあるので。
公にして作者を傷つけることでもあるまい。

長沼氏の作品が「語彙も描写も文学性に乏しい」というなら、
その個所と理由を丁寧に述べなくてはなるまい。
あなたの文章は、語彙も描写も文芸時評になっていない。
ただ、匿名でないだけまだましではあるが。

是にせよ非にせよ、第三者が読んで納得するように書き込まないと、
作者にも第三者の読者にも誤解を招きます。
「私の意見はこうだ」と我田引水にせよ、
第三者が読んでも説得力ある文章で<文学的に>述べていただきたい。
でないと、単なるイチャモンでしかない。

比較するに事欠いて、康成と長沼氏の作品を比較するとは、
康成も草葉の陰でずっこけるでしょうし、
長沼氏も違った意味でずっこけるでしょう

言動は控えめにすることです。
ですが、意見は意見として受け止めておきます。
そのぐらいの度量は、私にはあります。一首献上・・・。

  ・浮世にはやり手と言はれ職を辞しなほ大物と思ふは哀れ  石塚 邦男

 

書評に物申す

 投稿者:合田 盛文  投稿日:2017年 5月23日(火)10時07分46秒
返信・引用
   弦第100号記念号の「鬼夜叉」(市川しのぶさん著)を“戦慄すべき戦争への怨嗟と怨念”とまで評するのは言い過ぎではないか。この作品の主題は、あくまでも山村に伝わる「鬼夜叉」という伝説であり、そこにほのかに厭戦の気分を漂わせているところに醍醐味がある。名作であることには同感。
 もう一つの「ぎんなん」(長沼宏之著)を評して“人間模様の巧みな描写”というが、主題は陳腐で、語彙も描写も文学性に乏しく、読んでいて、面白味もなければ、共感すら覚えない。ここのところ、川端康成の作品を読んでいるせいか、プロとアマの違いをこれほど鮮明に感じたことはない。
 

「同人雑誌・単行本出版」は下記の根保孝栄に

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月22日(月)22時52分11秒
返信・引用
  ・同人雑誌・新刊単行本は下記の根保孝栄に送付を。

  053-0011
         苫小牧市末広町1-12-1-920  根 保 孝 栄宛

     電話・ファクス 0144-33-1284

     携帯ー090ー6212ー3122
 

「苫小牧文学」21号(苫小牧市)秀作は中山真佐子「売り子」、ノンフィクション的私小説の魅力は岩崎三郎「川面に・・」、異界めいた魅力は森れいの詩「うさぎ」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月18日(木)10時06分39秒
返信・引用 編集済
  ・北海道苫小牧市は人口十八万人、ここに創作中心の同人雑誌が先に紹介した「響」のほか、この「苫小牧文学」「地平線」があり、文学活動は全国的に観てもトップクラスのレベルだろう。過去に最上典世の「文学界」「文芸」新人賞受賞者、佐土原台介の「群像」新人賞受賞など全国水準の興隆を見せたものであった。同人雑誌のまとまりは、人間関係の絆がものを言う。各誌それぞれの立場で自己主張するもので、一地域に三誌、四誌あって不思議ではないが、それにしても狭い地域に三誌、四誌とは全国的にも珍しい現象だろう。これに一般参加の官費中心の「苫小牧市民文芸」がある。つまり、文学活動全国一の特異な地域と言っていいかもしれない。

・今号は小説・ノンフィクション八編。
・中山真佐子「売り子」は地味な筋書きだが女流のプロ作家のごとき秀作で全国的に観ても一頭抜きん出た作品である。あえて言えば、売れっ子の藤堂志津子より実力は上だろう。

 作品の紹介に入る。女子大の寮で一緒だった香奈美と時折会って、互いの近況など報告しあう仲だ。そんな香奈美と久しぶりに会った私。その親友の香奈美の半生を語る内容。最後に、香奈美が勤める店に昔付き合っていた男が買い物に立ち寄り、香奈美と気つかず買い物をするくだりの女の気持ち、男の気持ちの前後の場面描写は秀逸である。

 香奈美の生家は裕福な地主。父は内科医で町の人々にも慕われていた。そんな環境で育った香奈美は、女子大を首席で卒業、老舗のホテルに就職、知性と美貌に恵まれて職場でも光る存在であった。ところが、妻子ある男と知り合って道ならぬ恋に走ってしまう。私はその頃、同棲していた男と別れたばかりで、もう男はこりごりと思っていたが、香奈美の密やかな恋愛は傍目に新鮮に見えた。そんな香奈美の母が亡くなり、診療所も閉鎖した父が一人残った故郷に帰って父の面倒を見る気になった香奈美。そのような話なのだが、細やかに織りなす筋書きの語りと女心の微妙、女の半生の過ぎ越しを織物を織るように語って行くさまは、まるで室内楽の演奏のように膨らみある音域を奏でるのである。

・岩崎三郎「川面に揺らいだ日差しの中に」は「ノンフィクション」とあるがリアリズム私小説でもあろう。昭和二十四年佐渡島で生まれ育ち六歳で北海道苫小牧市に移住した<私>が、亡くなった父母がどのような人生だったのか、それを知りたくて佐渡の寺を訪れる・・。つまり先祖のルーツ確認私小説である。苫小牧市に移住した一家。三人の弟妹は、生まれてすぐ裕福な家庭に貰われていった。貧しいので育てられないからだ。貧しい中にも子供の遊び、漁師の網引きの手伝い、畑仕事の手伝いなどの世界が詩的に描かれる。東京オリンピックの年に中学を卒業したが、高校に行けなかったのはクラスで私と女の子の二人だけだった。私は大工見習いの仕事についた。一人前の大工になり高給も取るようになったが、突然父の入水自殺に遭う。一家を支える立場になり給料はいつも封筒のまま母に渡した。八十坪の土地を買い、家を建て母を喜ばせようと思ったのに、母は棟上げ式の一週間後亡くなってしまう・・。そんな貧しい時代の回想的私小説とは言え何か心に残るのは、私の父も佐渡生まれのせいばかりではなく、とつとつと語る語り口がそのままリアリズム文学になっているからである。ノンフィクションと私小説の違いなど、この作品の合評のとき論議してもらいたい。

・乾みやこ「五十年目の麻理子」は、五十歳になった麻理子の夫は造船所の技師で一歳年上。背が高くランニングを趣味にしていてすらりとして若く見える。キッチンも新しくして幸せを絵に描いたような家庭だと思っていたのだが・・三十年ぶりに中学校の同窓会にでたところ・・早くその場を立ち去りたい気持ちになった。そのわけは、かつて平凡だった旧友が社会に出て溌溂としていた・・・さらにスカートに値札をつけたまま出席していたのだ・・。さらに、とんだ詐欺に遭って・・という女のドジ話は、鋭い社会批判の目線まで届くには一歩たりないが、巧みなストーリーテラーの資質はある。女流のきめ細かい視線や女流独特の目線を持っているので、厳しく作品を叩いて書き直す場数を踏めば、そのうち北海道文学賞か北海道新聞文学賞クラスの作品を書けそうな筆筋だ。

・吉川佑一「豪」は、子供時代に遊んだ幼馴染が防空壕にまつわる心霊現象の探検をする話という女性作家には関心ない素材に取り組んでいる男性作家の趣向が面白いところが買える。

・十月桜「早春のドア」は、六年前、大学時代から三十年共に過ごした夫に突然先立たれた由季子は、まるでだまし討ちにあったような虚ろな感覚で、時折、夫の夢を見る。掌小説的数枚の作品だが、読後なぜか心に残る。

・星まゆみ「狂った車輪」は、高校を卒業して小さな印刷所に勤め、六十五歳で現役を退いた陽一。一年前に妻のこずえに離婚を迫られた。三十歳のひとり娘の七海も納得しない突然のことだった。ある夜、突如家に車が飛び込んでくる事件が起きた。そんな折に娘の結婚話が持ち上がる・・数枚の作品は未完の素描であろう。三つのエピソードを小説に紡ぐ以前の素描であるが、もう一度書き直したい。

・加藤きみ「夢うつつ」は、六歳になったとき、絹子夫婦の養女になった珠子。その幼年時代を、絹子に会いに行く電車の中で回想する・・そして・・という話だが、掌小説としても、短編小説としても不足で、これも起承転結をつけたい作品で十数枚の未完らしき作品。

・結論を言えば、未完であっても発表すると、次が見えてくるので、それでいいと思う。何も完璧を目指す必要もない。ひとつ書けば次が見えてくるものだ。まず、年に数編発表する場がほしい。それがないと小説技術は向上しない。

・森厚「逆光の岸辺」として六、七枚の掌<小説的作品>を三篇。新しい試みでもあるのかと期待したのだが、新しさはない古い筆筋なので失望。これでは場面を破綻なくデッサンした作品でしかない。絵画でも音楽でもそうだが、新鮮な独特のものがない限り、評価はない。下手でも何でも新鮮な新しさがあるとそれだけで評価されるものだ。例えば川端康成の作品を現代に持ち込んでも、無視されるだけで、新しい境地を開拓するのが作家というもの。気合を入れてほしい。作家とは書いている存在であって、釣りをしている存在ではないということだ。まず、自分の殻を破ることである。大家ではないのだから、常に挑戦がないと新境地は開拓できない。

・詩は、星まゆみ「クラック」の暗喩が印象に残った。
  彼女の好きなダリアの花の根本から/火柱が立ったあの日/拒絶の影が住みついてしまった

・もう一遍の詩は、森れい「うさぎ」の異界めいた竹林の向こうに立った市。うさぎ、どうかね、と呼びかける老人・・というような舞台設定も一編の短編小説のようで不思議な魅力が面白かった。

  ・道行けば見えてくるもの朧ろにも霧立ちこむる海岸道路  石塚 邦男

  苫小牧市華園町3丁目ー18  苫小牧文学の会

      電話ー0144-75-6498

 

「響」23号(苫小牧市)② 味わい深い高岡啓次郎の「口紅」、土井重男の力作評論二編に注目 

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月16日(火)17時20分45秒
返信・引用 編集済
  ・高岡啓次郎「口紅」は、銀行員の堅物の父と旧家のお嬢様であった母。そんな家庭に育ち、一流大学を出てエリートであった兄が子連れの水商売の女性と一緒になったのはなぜであったか、詳しいことは知らないが、相応のいざこざの末に一緒になったようだ。そんな義理の姉の大らかな人柄に親近感を抱いていた妹の私・・義理の姉の連れ子の女の子の姪を不思議な目で眺める女子高生の私。私が勤め人になって一時期兄の家から勤め先に通ったことがあって、姪の成長を見知っていた。可愛い子で美大に進学、アメリカにも語学留学するなど順調に絵画の道に進んだ姪。ところが、その女の子が義姉の店に来ていた男の子を宿し産むと言い出し、兄が困惑していると聞く。兄夫婦と姪の浮き沈みのさまを愛情持って見守り、時にはらはらと気をもむ妹の目線の微妙な心理がこの小説の中心。最後に口紅の塗り方で運が開けると言う姪。運命に健気に戦いを挑む姪の姿を妹の目線でさらりと描いたタッチがいい。味わい深い好短編。

・中井ひろし「大地に生きる」は、前号から続く連載ものであろうか。アイヌモシリ(人間の住む静かな大地)に生きる日本人一家の話なのだが、アイヌ民族の生活習慣や温情などを描いた力作で、前号に比べ文章が洗練されてかなり読みやすくなっている。年何回も発刊されない同人誌であるから、長い話を途中で切って短編構成にして発表するコツを覚えるといい。一冊にするとき、長編につないで書き直せばいいということである。長編、中編、短編の作りは、創作の技術の問題。

・赤松亜美「私の好きな市川崑の映画たち」は、日本映画の巨匠市川崑がミステリーの新境地を開拓した「犬神家の一族」を中心に市川崑の特性に迫ろうとするところや、三島由紀夫原作の「金閣寺」を映画化した「炎上」、谷崎潤一郎原作の「細雪」などの演出を取り上げて市川崑監督の独創的な映像美を解析している筆筋はダイナミックである。

・土井重男「チャシとサシの一考察」は、アイヌ語のチャシと朝鮮語のサシ、チャシなどの語源探査の貴重な比較言語の問題点を究明する貴重な評論。朝鮮式山城と日本の築城の歴史的探査や現存するアイヌの遺跡などを比較しているこだわりがいい。アイヌマタギの小説を書いている私にも参考になった箇所があった。

・土井重男「武四郎さんの人物像を考える」は、蝦夷地探検で有名な松浦武四郎の人となりと業績の関係性にスポットを当てて、残存する文献から掘り起こしているところがユニーク。この作者の着眼は本格的な探査の姿勢が見えて注目の作家である。着眼が面白い

・山内房江「自分史②ー国境を越えて」は連載二回目。縁あって中国で日本語を教える仕事に夫婦で出かけた体験。

・木戸克海「スイスという国を知る」は旅行記。作者はエンディングに「人はさまざまな理由で旅に出る。ひとつでも知識をえて、人生を納得するために」と書いている。

   ・けんけん跳びしたあと拾ふおはじきの光るを見つむ女童(めわらべ)の瞳

   ・巻き狩りに羆を追ひて行く山にアイヌマタギのかんじきの跡

   ・究めればアイヌモシリの成り立ちの諸々今や明らかになる  石塚 邦男
 

“風景” 木原能子/『駅』№110

 投稿者:荻野央  投稿日:2017年 5月16日(火)14時43分57秒
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  何ということのない平凡な庭を描いた詩でありながら、ハッと気づかされる詩である。

“トカゲ

死んでいる

私の小さな庭の
うす暗がりの
黒い
土の面に
肢体を
投げ出し
息絶えている

トカゲ

トカゲとして
立派に
乾き
ちぢんで
屍の
風景を
獲得している

うつろな
うす暗がりの
寂寥に
戦き
そして。”

作者の眺めている庭に転がっているトカゲの屍が、奇妙な形で語られるとき、すなわちトカゲが自分の死の風景を獲得したという記述が輝いている。
死んでしまってどうどうと(「立派に」)死を主張して、それが見慣れた「私」の庭の一隅においてひとつの風景として「獲得している」とした文章は魅力的だ。読後に、ひと隅がつまり一片が全体の風景となりゆき、眼前に展開している死んだ当事者(トカゲ)が自分の屍と相対峙している事態になる。

わたしは、トカゲは長年「私」の庭に生息し、「私」の哀願の対象であったと想像した。とするならば、のっぴきならぬ存在の、他者の死は「私」の眼の前で死の風景と化すのは普通の感情なり直観ではないだろうか。
横たわる命の無い形姿を見るとき、のっぴきならなかった死者は愛惜とか悲しみを越えた喪失の一般性に至る。そのとき、一気に死者は石のように庭に転がっているのを「私」は見てしまう。するとその死者は「私」の固有をはみ出て一般性に至るのだ。死を獲得する、死を得るとは、そういう拡張的な意味があると思う。拡張していつもの庭の風景に紛れていってしまうことになる。

似たような表現ではE・ユンガーの代表作『鋼鐵の嵐の中で』にある表現。時は第一次世界大戦、フランスの領土内でイギリス軍と激しい攻防をしているさなかに、主人公の若いドイツ将校が弾丸の飛び交う中、退却途中で爆撃孔に飛び込み助かる場面がある。やや戦闘が収まって、僚友たちが助けに来たとき、ユンガーは彼らは「私の死体を引き取りに来た」、と表現した。英訳では to carry my body back。「死んだ私」をではなく、たんにmy badyと書かれてある。死体として認識している主人公の視線は、トカゲが死と相対峙している獲得という視線は、「戦闘死」そして「庭」と言う平凡な風景という一般性を表現する。その一般性において、詩は冷静になり混乱を鎮める。
(ユンガーは冷徹な視線を持つ作家である。)

木原氏はエッセイでも名文家であり、詩において、その巧さを背後に、読み飛ばせない詩行を連ねる詩人だな、とつくづく思う。
 

日本語の特性・・口語と文語  辞世の一句、一首くらいは残してほしい

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 5月15日(月)00時16分0秒
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  ・昭和の初めまで、軍人は言うに及ばず、文士やジャーナリストたち文筆を生業にしていた者はなべて俳句のひとひねりは当然教養として身に着けていたし、万一命を落とすことがあってもいいように、覚悟を決めて俳句、短歌の辞世の一句、辞世の一首を懐にして世を渡っていたものだ。

・ところが、最近の物書きたちは、一句一首も作れない。作ったことがない。日本語を操ることを生業にしている小説家、詩人、ジャーナリストでさえ、一句一首を作れないありさまなのだから、日本語がダメになるのも仕方ないか。日本語の劣化は、こんなところにも崖の地層の断面のようにくっきり顔を出している。話し言葉の口語は、意味が伝われば目的を達するので、「おい」「何だ」という具合に、基本は問いと応えで成り立っていて、微妙な心理の綾などはなく、いわゆる散文的だ。泣き笑いの喜怒哀楽心理の綾は、対面の表情で補えばいいからだ。

・古語の文語は手紙文として発達してきたものであるから、見えない相手にこちらの喜怒哀楽の感情を伝える手段。スマホも携帯も写真もない時代。感情を相手に伝える伝達手段として発達したのは当然だったろう。

・昔の文語は余情、余韻を伝える手段としては、世界に誇れる言語であろう。しかし、現代では文語は死語に近い扱いになっていて、英語、中国語は堪能だが、日本の伝統文語は見知らぬ外国語みたいな扱いになってきているのは、ちょっぴり寂しい。

・せめて、小説家や詩人、ジャーナリスト、放送関係者くらいは日本人の証し、たしなみとして、上手、下手は別にして辞世の短歌、俳句くらいは常日頃懐にしていたいものだ。

  ・幽玄の桜吹雪を北国にまとめてくだる花の筏よ   石塚 邦男

 

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