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相模文芸33号

 投稿者:高岡啓次郎  投稿日:2017年 1月20日(金)17時59分4秒
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  冬になってから、今まで書けなかった分を一気に書こうとして長編に取り組んでいる今日このごろです。相模文芸を送っていただいてかなりたつのですが、今日、目次に目を走らせ、印象的な題名のものから読もうと思いました。
矢来あさ子さんの「手を離したら」という掌編小説はよく書けています。文体を変えたら児童文学としても優れたものになる可能性があります。私自身が母子家庭で育ったものですから、この物語に出てくる男の子の気持は本当によくわかります。孤独とやるせなさ、生き別れた父への複雑な想いをかかえながらも、母親を愛し、慕い、守ってあげたいという気持ちを捨てない。見えざる神というものも考える。少年が自立していく過程をわかりやすい文体で書いています。登場人物をひとりかふたり加えて、母親が絡む人間関係に問題を起こさせ、少年の葛藤を描き込めばさらに優れた小説になるのはまちがいない。

外狩さんの「工場と時計と細胞」は原稿用紙になおせば70枚くらいの作品だろうか。往年のプロレタリア文学の現代版かと思って読み始めたがそうではないようだ。視点を次々に変える実験的な手法で書いている。導入部から廃屋的な雰囲気が漂ったが、どうやら千人以上も働く外資の工場ということだ。知らない専門用語も多いが工場の躍動感は伝わってくる。導入部の「鳥の目」で砂をさす言葉が10回も出てくるのはよろしくない。何人もが入れ替わって巨大工場の中に生きる人々が描かれる。今日は半ばまで読んだが、果たして後半は盛り上がるかどうか・・・
最後まで一貫して工場に勤める人たちの群像が描かれている。次々と登場人物が変わっていく。それぞれのセリフがあって、どこかレーゼシナリオ的な作品だが、やはり小説としては少し無理があるような気がするがどうか・・・
 
 
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